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(歴史)

 

川越新河岸と上州倉賀野河岸

〜江戸と近郷との舟運(1)

 

谷弘

 

1. まえがき

史跡を訪ねて歩くのは、楽しいものである。文献で見つけた資料を、頭の中では理解をしていたつもりでも、その現場に立つと自分の理解が浅かったことを思い知らされることが間々ある。一方、文献資料での知識でしかなかったものが、史跡を訪れ歴史の痕跡に触れることにより、それが非常に身近なものになり、親しみのあるものとなってうれしくなることも多い。もともと私が歴史に興味を持って勉強を始めたのも、運動不足解消のためである。したがって、史跡訪問は私にとって健康管理の一部にもなっている。

「記録のないところに歴史は無い。」と云って文献にこだわる人も多いが、私は過去の記録を調べる時に、もちろん文献は重要な資料ではあるが、それのみにこだわることなく、史跡に残されたあらゆる種類の過去からのメッセージを探求し、それを総合して歴史の構築をすべきと考えている。文献資料は全てのものが残っているわけでなく、また、書いた人の考えや誤り、立場の制限があり、全てを客観的と云うことはできないからである。

この意味では、歴史学の中にもっと自然科学的手法を取り入れるべきであると考えている。例えば、炭素14を使った年代測定は、考古学の分野で古くから使われているが、私のいる研究所でも最近導入したタンデム加速器を使うとけた違いの測定精度が得られる。同じ機械を導入した名古屋大学では、既に年代測定専門の研究室が発足している。この他、金属や素材の微量分析技術は、近年格段の進歩を遂げており、材料中に含まれる不純物の量や成分割合を比較すると産地や製造年代の推定も可能である。また、DNAを使った分析やX線の代わりに中性子線等を使った透過分析もいろいろな可能性を持っている。考古学関係の方々も日夜努力をしておられることと思うが、最近の理工学の進歩の中には、もっともっと歴史の解明に応用できる技術があるように思える。理工学部出身の人達がもっと歴史の研究に従事したり、理学部や工学部にも歴史学科ができれば、歴史学の大きな進展が期待できるのではないかと夢のようなことを考えている。

さて、江戸幕府の成立とともに、江戸の大人口を養う食料品や日用品の調達が重要となり、上方からは莫大な日用品が、全国各地から米などの産品が輸送されることとなった。もちろんこれが、江戸近郷で調達できればこれに越したことは無いわけで、当然江戸と江戸近郷の間の舟運を中心とする物資輸送も盛んになっていった。今回と次回は、江戸近郷の舟運についていくつか代表的なものを取り上げてみたい。

 

2. 川越起の輸送舟

(1) 新河岸川

新河岸川というのは、現在は埼玉県川越市から荒川と隅田川が分岐する東京都北区岩淵水門のすぐ下流まで流れ、ここで隅田川に合流する川である。昔は、一名川越内川とも呼ばれており、川越大仙波の湧水を水源とし、伊佐沼の排水路である九十川と合流し、荒川の西側を数町の距離を保って平行に流れ、柳瀬川、目黒川等と合流して、江戸時代は現在より少し上流の新倉河岸(河の口…現在の和光市新倉付近)で荒川と合流していた。

 

※ 日本原子力研究所理事

 

 

 

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