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参加報告

 

公衆衛生の醍醐味

江副聡(佐賀医科大学医学部6年)

 

僕は少年時代の一時期を米国、英国で過ごしました。そこで米国、英国、それぞれを特徴付ける価値観に直面した僕は、日本文化や日本社会に影響を受けた日本人としての自分を強く意識させられました。そして、それ以来、文化や杜会が人間に与える影響に大きな関心を持つようになりました。そんな僕が医学部に入り、社会的文脈において人間を捉える公衆衛生に関心を持ったのはごく自然な成り行きでした。

誤解を恐れずに言うならば、生物医学が病気、つまり身体の中の問題を扱うとすれば、公衆衛生は健康や不健康、つまり個人と環境の間の問題を扱います。

ある定義によれば、公衆衛生の役割は、すべての人々が充実した日々の生活、労働を通じ一生涯の間に高い自己実現を達成するための健康基盤を確保すること、とあります。「すべての人々」が国家の枠組みを超えて認識されるとき、公衆衛生は特に「国際保健」と呼ばれるのかもしれません。

国際保健のコンセプトは、1977年にWHO事務局長Dr. Mahler氏主導で提唱された「すべての人々に健康を」というスローガンに集約されるのでしょう。今回の研修でお会いした方々は視点や立場こそ違えど、この目標に向けて地道に努力を重ねておられる方々でした。

では、その努力に対する見返りとしては何があるのでしょう?

臨床医学では、既に病気を抱えた人をいかに治療するか、あるいは、いかに病気と上手く付き合って頂くかという点に医療従事者の知識、技能、そして情熱が注がれます。その結果、病状が回復、あるいは安定すれば通常感謝されますし、不幸にして回復しない場合も、真摯な姿勢が認められれば、「よくやってくれた」と感謝されるでしょう。それらは何よりの見返りであり、多くの医療従事者はこの見返りをやりがいに感じて日夜研鑚を積んでおられるのではないでしょうか。

一方、国際保健の場合、健康基盤を確保するための予防活動が主です。活動の成果が出るまでには往々にして時間がかかりますし、その成果は簡単には目に見えません。人は病気が治ることに感謝することはあっても、病気にならずに済むことに対して他人に感謝することはあまりありません。時問がかかり、見えにくいことに対して感謝する人もそう多くはないでしよう。

では、質問を変えます。国際保健の醍醐味とは何でしょう?研修中、以下の詩を教わった時、僕は膝を打つ思いでした。

 

「本当に優れた指導者が仕事をしたときは/その仕事が完成したとき/人々はこう言うでしょう/われわれ自身がこれをやったのだ、と」

 

この一節は国際保健の目指す所を見事に示しています。自分の仕事が人々のものとして定着したまさにその時、功名心や名誉欲を超えた次元で得られる達成感、これが国際保健および公衆衛生の醍醐味なのではないでしょうか。

フィールドで、オフィスで、あるいは、ごみ山の傍らで活動される方々、その表情に気負いは感じられません。

 

 

 

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