日本オペラの系譜
関根礼子(音楽評論家)
山田耕筰の作曲した『黒船』というオペラがある。アメリカの親日ジャーナリスト、パーシー・ノーエルが書き下ろした英語の台本を作曲者が日本語に翻訳して曲づけしたもので、日米関係が緊張していた第二次世界大戦下、日本の宣戦布告直前の1940(昭和15)年に『夜明け』という題名で東京で初演された作品である。戦後は原題(Black Ships)直訳の『黒船』と題名が改められて、何度か再演されている。この『黒船』は、オーケストラを用いた中・大劇場向きのいわゆる「グランドオペラ」としては、日本で最初の本格的な作品といわれている。
幕末の伊豆の下田町を舞台に、黒船に乗って来日したアメリカ人領事と芸者お吉とのほのかな愛情を描いたフィクションで、当時は大変抵抗感の大きかった「異人さん」に対して日本の女性が次第に心を開いていく物語。日本を舞台にしたアメリカ人男性と日本女性のラブストーリーとしてはプッチーニの『蝶々夫人』が有名だが、あれはもちろんイタリアオペラであって、日本人の感覚が十分にくぐられているとはいいがたい。