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明るい社会づくりに尽くされた方々?平成12年度社会貢献者の事績?

 事業名 海難救助等社会貢献者の表彰等
 団体名 社会貢献支援財団 注目度注目度5


ジャナケエフ オムルベック

(1964.6.6生 キルギス共和国)

 

1999年8月下旬、中央アジアのキルギス国南部の山岳地帯で、地質調査にあたっていた日本人の鉱山技師4人を含む数名が、タジキスタン武装勢力に拉致された。通訳として調査に参加していた氏も同時に拉致されたが、解放されるまでの2ヶ月におよぶ監禁生活の間、精神的に日本人を支え続けた。

事件は身代金目当てのテロリストによる日本人拉致事件、と言い切れない部分があるが、少なくとも当事者の4人は、暗闇の中で銃撃され、捕らえられ、山奥深く歩かされることとなり、通訳であったジャナケエフさんも事件に巻き込まれた。武装した集団に常に見張られながら、宿泊場所を変えて移動し、山間のため夜は零下10度を下回る中での生活が続いた。このような環境に加え、情報は与えられず、明日はどうなるかわからない監禁状態の中では、精神を正常に保っておくことすら容易でないように思われるが、日本人技師とジャナケエフ氏の5人は信頼し合い、互いを励まし合うことにより、困難に耐えた。

「夜明け前に拉致されたので、何も持っていなかった。有家氏(技師、当時58歳)はスリッパで歩いていた。彼に靴を貸し、私は裸足で山道を歩いた。食事なしで歩き続けた。濁った川の水を全員が飲んだ。夜11時頃まで歩き、ようやく村に着いた」(解放後、新聞のインタビューに答えたジャナケエフさんの言葉。・以下同じ)

「日本人技師たちといろいろ話し合った。楽しかったこと、家族のこと、どこかへ出かけたときの思い出、今の政治情勢について…。誰一人として人質になるなんて思ってもみなかった」

「これからどうなるのか、みんなで情報を集めた。兵士に質問をしたり、盗み聞きをした。私たちの解放交渉が進められていることがわかった。いつまでここにいるのだろう。アフガニスタンまで連れてゆかれるのか、不安と希望が交錯した」

「日本人は我慢強い民族だと思う。兵士達は時折り、『殺してやろうか』などと悪い冗談を口にしたが、みんなじっと耐えていた。どんな場面でも日本人は勇気があった」

「解放された日の朝、ひとりひとりの部屋をたずね、別れのあいさつをした。このことは絶対に忘れない、と誓いあった。監禁された64日間で、私たちは家族や兄弟のようになっていた」

このように、拉致され人質となった当初から「日本人が元気に、生きて帰れることが一番重要だ」と考えたジャナケエフさんの行動と言葉は、4人の技師たちを精神的に支え続けただけでなく、日本とキルギス、中央アジアとの信頼関係に、大きく貢献している。

(野呂昌彦 推薦)

 

 

 

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