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第二部門 「多年にわたる功労」 15件

 

・精神的・肉体的に著しく労苦の多い活動や業務に多年にわたり従事し、他に尽くされた功績

・著しく危険性の高い活動や業務に多年にわたり従事し、他に尽くされた功績

・不潔、非衛生等、劣悪な状況・環境に耐え、多年にわたり他に尽くされた功績

・その他、困難な状況の中で多年にわたり努力し、社会と人間の安寧・幸福のために尽くされた功績

 

菅原源一(すがわらげんいち)

(大10.2.11生 秋田県男鹿市)

 

昭和37年、男鹿半島南側の椿港西防波堤灯台の看守補助員となり、昭和53・年には海抜40メートルの館山山頂に位置する館山埼三繰島照射灯の看守補助員も兼務し、37年にわたり、誠実で責任感溢れる活動により航海の安全確保に貢献されている。

館山埼三繰島照射灯は館山埼沖合い850メートルの三繰島に設置された標柱を照射し、危険海域を標示するものである。昭和55年10月、異常に発達した低気圧の暴風波浪により標柱が倒壊した際、氏はその状況を的確に確認して早急に男鹿航路標識事務所へ連絡し、海上安全通報の伝達と早期復旧作業に貢献した。

灯台看守補助員として、夜間は灯火の監視、昼間は灯台建物や送電線の状況把握を行うため、氏は家族の協力をも得て職務に精励されている。秋から冬にかけての北国特有の風雪厳しい時期や台風による悪天候時にも、毎日毎夜、氏は自宅から灯火の見える場所まで出向き、灯台の状態を365日一日も欠かすことなく自分自身で確認している。特に冬期は、配電線に雪や波の飛沫が付着し断線の恐れがあるためその除去を行い、台風通過、強風及び雷雨等の悪天候時には、施設並びに灯火の異常の有無を確認して事務所に通報している。氏は、船舶の航行安全と人命及び財産の保護を目的とする灯台の任務を十分に認識されている。

積雪、台風、低気圧等接近時および事務所職員が灯台巡回を実施する折、同地域の気象、海象を熟知した同氏のアドバイスは、円滑な巡回業務実施にとって貴重な情報となっている。灯台看守補助員としての同氏の旺盛な責任感と積極的な行動は誰から指図されたものでもない。人に知られず地味で忍耐力に冨み献身的な氏のありかたは、昔から灯台界で言い伝えられる『守灯精神』そのものである。

椿漁港は、付近一帯が日本海でも有数な漁場であり、底引き網、イカ釣り等が盛んで沿岸、沖合い漁業の中核漁港として漁港整備も進行中で、現在在籍船は40隻である。椿港灯台は椿漁港を基地とする船舶はもとより付近を航行し船川港を利用する1100隻、近隣の各漁港在籍船346隻や秋田港へ航行する船舶がすべて必要とする重要な標識である。

((社)燈光会 推薦)

 

 

 

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