天からの贈り物
-第93回-
野村祐之
(青山学院大学講師)
地球村、食事のマナー(1)
最近、新聞の広告を見ていて驚くことのひとつに海外旅行の値段があります。たとえば東京からニューヨークか首都ワシントン往復で4万円しなかったりするのです。
2月から東京の羽田空港からも海外へのチャーター便が飛ぶようになりましたが、その第一便でのハワイ5日の旅がホテル代を含めてなんと4万9千800円。
「トリスを飲んでハワイにいこう」という懸賞広告に庶民が夢をたくしたのはいまや遠い昔のこと。あの頃は1ドル360円で海外旅行といえばよっぽどのお金持ちかエリートにしか縁のないことでした。それが今やひょっとすると国内旅行より安くあがるほどのお手軽さです。この勢いでは家族旅行の予定だって世界地図を広げて「さあ夏休み、どこへいこうか」と相談することになりかねません。
ことほど左様にものすごい勢いで世界がグローバル化し「地球村」が現実のものとなってくると私達一人ひとりが異文化の人との出会いのマナーを身につけ、また社会全体としても異民族間の相互理解の努力が緊急課題となってきます。
先日、インドネシアで大騒ぎとなった味の素の事件も核心にこの問題がありました。その意味ではあのような出来事から教訓を学び、これからに活かしていくことが大切でしょう。
イスラム教の戒律では豚は汚れた動物とされ、口にすることは一切禁じられているのですが、その豚が味の素の製造過程にかかわっていたことがわかり、あっという間に社会全体を巻き込む大事件に発展したのです。
日本ではイスラム教というとアラブ諸国のイメージが強いですが、世界で一番イスラム人口が多い国はインドネシアです。
そしてイスラム社会では、なには口にしていいか、いけないかは子供でも皆よく承知している常識中の常識です。
この出来事を伝えた日本のテレビニュースのコメンテーターが、「発展途上の第三世界の国との貿易ではこういったことが起こり得るという前提で気を付けないと」といい、また別の番組ではアメリカ生活が長かったという評論家が「日本人は欧米、キリスト教のことはよく知っているがイスラム教となるとまだまだ不慣れだから」と平気でいうのを聞いてびっくりしてしまいました。
社会的に発言する立場にある人がこの程度の感覚だから、この国はこれからもきっと同じような間違いを繰り返すだろうなと感じ、がっかりさせられたのです。
あの問題は、本質的に第三世界的問題でもイスラム教に限ったことでもなく、欧米のいわゆる先進国でもじゅうぶん起こり得ることなのです。
たとえばアメリカからのお客さんを招待するとします。せっかく日本にいらしたのだから日本の食べ物で、しかも外国人の口にも合いそうなものをトンカツ屋さんにお連れしても、もしそのかたがユダヤ教徒だったとしたら、その晩は大変気まずくとても残酷な経験をさせることになりかねません。
イギリスからのお客さんをわが家にお泊めして、朝食にはトーストとハムエッグそれともカリカリのベーコンというのも、ユダヤ人だったら大問題。ハムもベーコンも豚肉だからです。
ユダヤ教徒ではなくクリスチャンの場合なら豚肉に対する禁忌はありませんが、それでも熱心なカトリックの人の中には金曜日には肉は食べないとか、日曜日はミサに出席する前には食べ物をいっさい口にしないという人もあります。あるいは「今年は2月末から4月14日まで肉は食べないようにしています」とか「お菓子や御馳走も遠慮しています。ダイエットではないのですが、宗教上の理由で」という人も少なくありません。
なかなか厳格そうですが、この期間に入る直前には肉や御馳走を思い切り食べて、ひと騒ぎ。それがカーニバルです。謝肉祭という語にも「これを限りに肉は謝絶」という祭の意味が見えます。
今年のカーニバルはブラジルでもアルプスの麓でも教会暦に従って2月27日までの数日間でした。
なぜそういうことになるのか、次回ひきつづき考えてみることにしましょう。
(つづく)