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教育医療

Health and Death Education, Feb. 2001 vol.27 No.2

 

肺気腫今昔物語り

 

肺気腫という病気があるのをご存知の方も多いでしょう。肺の末端にある細い気管支と肺胞は呼吸に応じて拡がったり狭まったりしますが、肺気腫は肺胞(これは酸素のとり入れと、炭酸ガスの排泄になくてはならない、呼吸の最も重要な部分)が弾力性を失い、しかも壁が破れて大きな風船のように膨らんだままになり、酸素をとり入れることも、炭酸ガスを外に出すこともうまくできなくなってしまう病気です。

この病気には喫煙が悪影響をしますので、以前から禁煙が強くすすめられています。しかし、喫煙ばかりでなく、生まれつき肺胞壁の弾力性を保つための酵素が不足している人もいることがわかっています。

さて、肺気腫という病気が完成してしまうと、肺胞の形が変わって元には戻らないため、治らない病気といわれてきました。20年ほど前になりますが、80歳になるご老人が息子さんとともに私の診察室にこられました。この方は前の医者から「肺気腫なのでもう治らない」といわれ、その途端に好きな釣りにも行く気になれず、食事もあまりとらなくなり、これでは引きこもりになってしまうとご家族が心配し、肺気腫という病気はほんとうに治らないのか大学病院に聞きにきたのだといいました。私は、肺気腫という病気を説明し、前の医師の言うのも誤りではない。しかし、呼吸の仕方を練習し、息切れを少なくする歩き方をし、息苦しいなと感じた時には、お腹を引っ込ましながら口を細めにしてゆっくりと息を吐くと、外のきれいな空気が自然に入ってくること。そして、それをあせらずにゆっくりやっていると息苦しさがとれてくるということも付け加えました。薬は何も出しませんでした。2週間ほどして、息子さんが父はまた毎日近くの沼に釣りに行くようになり、タバコもやめたと喜んで報告にこられました。

 

新しい肺気腫の治療

さてその肺気腫ですが、約5年位前からは、風船のように膨らんでしまった両方の肺の一部を手術で切りとってしまうと、息切れも少なくなり、残った肺が有効に働くことが実証されて、すでに治療に使われるようにさえなりました。医学の進歩はめざましく、20年前に肺気腫の説明をした私も、前の医師も、肺気腫は治らないといったのは今では間違っていたということになります。とはいいましても、すべての肺気腫の患者さんにその手術がよいというわけではありません。厳密な検査をした上で、手術をした方が有利かどうかを決める医療者側の努力が必要です。さらに、次のようなことがこの手術をする時の基準に書かれています。『医学的にみた基準を参考にして、患者が手術の危険性を理解した上で、患者本人が手術を強く希望する』という基準です。

救急の手術などでは患者本人の理解や希望を聞いている時間がないこともありますが、多くの慢性の病気の治療や介護では、本人の理解や本人の希望が医療や介護の方法を決めてゆく時代に入ったことを医療者側も患者側も大胆に認識しましょう。そして自己選択のできない障害者へは友情と保障が理性と公平さとをもって主張され納得されるような医療の時代を、市民こぞってつくっていく時代であることも大胆に認識しましょう。

ピースハウス最高顧問 岡安大仁

 

 

 

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