日本財団 図書館


教育医療

Health and Death Education Apl.2000 vol.26 No.5

 

日本の医療の実態と医療事故

 

最近、新聞やテレビでは連日、日本各地の病院で起きている医療事故、つまり医療上のミスが報道されています。

航空の世界でも、飛行機同士の正面衝突こそありませんが、よくニアミスという言葉が聞かれます。どちらも人命に関わる重大な責務を負っていますが、過密なスケジュールという重圧がのしかかってきているのだと思います。

ところで、医療事故のニュースは、起きてしまった事故のすべてが報道されているように世間では思われがちですが、報道されてるのはその一部で、むしろ報道されていないものの方が多いのではないかと思います。これに航空の世界でいうニアミスのようなことを加えると、日々どこかの医療施設で何かが起きているというこわいような現実があります。

では、このように頻発している医療事故の裏には、どのような問題点があるのでしょうか。

まず第1に、医療事故対策が関係者の間で重要な課題として取り上げられていないことが指摘できます。これは医療関係者の自覚のなさ、責務に対する怠慢です。

第2に、あたかも昨今医療事故が頻発しているかにみえますが、実は今までも相当な頻度で起きていたのです。しかし今まではそのことが隠蔽されて、一般の人の目には触れず、耳に届かず、ニュースとして報道されることがなかったのです。

第3に、医療者が医療ミスを本人、または家族に正しく伝えていないということがあります。急死したのは本人の先天的な体質のためであるとか、高齢による食べものなどの窒息死であるというような虚偽の説明に納得させられています。そしてその死亡診断名が事故とはされず、肺炎とか肺不全にされているのです。

第4に、看護婦の過労があげられます。看護婦ひとりあたりが看護する患者の数が多すぎて、患者に十分に目がいき届かなかったり、またナースステーションに誰もいないために患者の呼び鈴に応えられず、発見が遅れて予期しなかった事態が起きるということもあります。

これらのことについては、日本の行政にも大きな責任があります。日本の病院や老健施設においては、ナースや介護人、ヘルパーなどの人数が、現状の法律で決められた人手では絶対的に足りないのです。その上、病院の手不足があっても、家族や第三者が介護者として付き添うことを原則として認めていないのです。

今、急性疾患を扱う病院では、基準看護として、ナースの必要人数は4病床に対して1人もしくは2人とされていました。これがやっと3人になります。しかしアメリカの一流の救急期の病院では、1病床に2人のナースが配置されており、これは日本の4倍です。私が理事長をしている聖路加国際病院は、1病床に1人のナースがいますが、これは日本では例外といってもいでしょう。

そこで私は医療事故を減らすためにいくつかの提言をしたいと思います。

まずナースや介護者を今の倍に増やすことです。これは行政にも働きかけ、予算をつけさせなくてはなくてはなりません。

また医療者側は、起こってしまった医療事故は、どんな理由があっても率直に正直に報告し、常にガラス張りの医療を志すことです。事故の教訓を無駄にせず、新たなマニュアルづくりや体制を整え、更によい医療を提供していかなくてはなりません。

それから今の報道のあり方にも問題があります。報道のネタを取り合って、ただいたずらに不安を煽る過剰な報道は避けるべきです。

私たちひとり一人の志が、よい医療をつくっていくのだということをつねに心に留めておいてほしいと思います。

LPC理事長 日野原重明

 

 

 

目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION