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ところが、この頃に身についたことは、この歳になった今でも忘れることはありません。子どもの教育では、すぐに目に見える成果を求めがちな昨今ですが、大切なのは結果よりもむしろ子どもに生涯の宝となるものの「種」を植えてやることだと思います。『論語』など古典の一節を覚えさせる教育が、昔は当たり前のように行われていました。そのとき、子どもにとってそれが直接何かの役に立つことは、まずないでしょう。しかし、やがて大人となり、人生の危機に直面したとき、あるいは重大な決断を迫られたとき、心の底に刻まれていた記憶が甦り、その人を支えてくれるものです。それを叡智と言うのかもしれません。古典にはそういう力が秘められています。石田梅岩は『都鄙(とひ)問答』の冒頭に、孟子の言葉をかりて、「今の世の中には、飽きるほどご馳走を食べ、暖かい着物を着て、人の道を教わることもなく、安楽に過ごしている人があまりにも多い。それならば鳥や獣(けもの)と少しも変わらないではないか。私はその状況を憂えて人の歩むべき道を説いているのだ」と記しています。

 

 

 

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