と同時に、個人の尊厳を否定するわけではありませんが、政府や経済的な成長のためだけではなく、自分自身の善のために、一人ひとりが価値を見出せるように、そして本質的な意味をより大きな社会のつながりの中で見出せるようにしていくべきだと思います。先ほどのフロアワックスの会社のブッチャー氏は、他に何か目的があってやっていたわけではありません。人間として人間らしいことをしたい、人間なら他の人にはこうすべきだということを考えてやったわけです。それ自体が本質的な善であるということですし、こういった考え方があって初めて、人を孤立させる急進的な個人主義に対抗できると思います。
上田 日本でも若い世代の問題、青少年の凶悪犯罪が相次いでいますが、自分自身のためだけではなく、梅岩の言葉で言えば「先も立ち、我も立つ」「我もよし、彼もよし」という人の人たる道のコンテクストを仲間でつくる。政府に頼るのではなく自ら努力していく必要があるのではないかと思います。先ほどベラー先生が、心学が衰退していった一つの理由として幕末に幕府と心学が癒着しすぎたこと、それから一九三〇年代には政府が心学を利用したということを言われました。権力と心学のあり方を衰退の理由の一つに挙げられたのは大変重要な点だと思います。