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マサチューセッツ州制裁法は、連邦法が許容する私的行為を罰することにより、連邦法が意図してない影響力を行使することになると主張した。さらに、同州制裁法は、米国の国益のために包括的多角的戦略を形成する際に、米国のために発言する大統領の権限に矛盾するという、いわゆる「外交の一元性」の観点をも同裁判所は主張した。大統領は、政府による民主主義的反政府勢力との対話の開始というビルマの政策変更をもたらすべくビルマ政府を説得せんとしているが、このために最も有効なのは、米国の全市場への輸出可能性をテコとした大統領の交渉能力であり、各州により恣意的に市場が分断・排除されてはならないと主張した。以上の理由付けにより最高裁判所は原審である控訴裁判所の結論を維持した。

 

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(1) 国内訴訟に関して

最高裁判所は原審である控訴裁判所のように、外交権限や対外通商条項への抵触の主張には依拠せずに、もっぱら「黙示の専占理論」に依拠してマサチューセッツ州制裁法を連邦憲法違反と判断した。州の権利を重視する立場の論者らは、同判決が連邦政府の外交権限の専権性の根拠に依拠しなかった点をとらえて、州による外交政策への関与が完全に否定されたわけではないと主張する(18)。確かに同判決は、外交の専権性という論拠には依拠してはいないが、それは、より限定的な論拠である専占論に依拠して本件の解決が可能であったからであろう。そして同判決の結果明確になったことは、本件で問題となっている外国制裁法の分野に連邦政府が一度関与したら、州・地方政府はここから退去しなければならないということであろう(19)。また、本件で対象となっているような差別的選択的な政府調達法は、本判決の結果、明白に違憲とされ存在の余地は全く無くなったというべきであろう(20)。マサチューセッツ州法と同様のタイプの差別的選択的な調達法を有する州・地方政府は数多く存在するが(21)、この種の制裁法は、同判決によって違憲の判断を受ける可能性があり、存在の余地はなくなったという意味で、同判決の影響は大きいというべきであろう。同判決で差別的調達法が違憲とされた結果、州・地方政府の取りうる手段として、例えば当該企業の外国政府との取引の存在を公表する情報公開法といったものが考えられ得るが、現時点ではその合憲性は明らかではない(22)

最後に後述(2)のWTO政府調達協定に関する紛争解決手続との比較を考えてみる。本件では、上述のようにWTO紛争解決手続は途中で停止してしまい、小委員会の裁定提出にまでは至らなかったが、仮に本件で裁定が提出され、しかもそれがマサチューセッツ州制裁法を政府調達協定違反とする裁定であったとした場合に、同州法を連邦憲法違反とした国内連邦裁判所の判決による救済と比較してみる。連邦裁判所による違憲判決の場合には、上述のように全ての州・地方政府による差別的選別的な調達法に対して、違憲・無効とされる可能性が生じて、この意味で救済が徹底する。これに対して、WTO紛争解決手続を通じての政府調達協定違反が認定された場合には、その影響が及ぶのは同協定の対象機関である37州に止まり、それ以外の州・地方政府の有する調達制限法は、同協定の対象機関ではないために、協定上の義務には拘束されないことになり、同種の調達制限規定は存続しうることになる。連邦地裁の違憲判決を受けて、日本・ECの申立国側よりWTO紛争解決手続の停止が申し立てられた所以である。

 

(2) WTO政府調達協定をめぐる紛争解決手続

本件では、前述のように同州制裁法に対して国内裁判所による違憲判決が下されたことを受けて、WTO紛争解決手続は申立国側の申請により停止手続きがとられ、さらに12か月の経過により小委員会自体が設置の根拠を失って消滅した結果、最終的な小委員会による裁定の提出までは至っていない。以下では、申立国である日本・EC側の主張に基づいて本件の検討を行う。申立国である日本・ECは、政府調達協定に基づいて同州制裁法を、1]内国民待遇及び無差別待遇(同協定第3条1項)、2]供給者資格審査(同協定第8条b項)、3]落札基準(同協定第13条4項)に違反する旨の主張を行っていた。さらにECは4]非違反無効化侵害(NNI)の主張をも行った。以下ではこれらの主張を検討することにする。

まず、協定第3条1項の内国民待遇及び無差別待遇違反の主張を検討する。同条同項は「…他の締約国の産品及びサービスに対し並びに他の締約国の供給者であって締約国の産品及びサービスを提供するものに対し、…(a)国内の産品、サービス及び供給者に与えられる待遇、(b)当該他の締約国以外の締約国の産品、サービス及び供給者に与えられる待遇」よりも不利でない待遇を与える旨規定している。申立国側は同州の政府調達に際して、ビルマとの取引の有無により差別的待遇を受ける点で、不利な待遇を受ける旨を主張するのに対して、米国(マサチューセッツ州)側は、ビルマと取引のある国内企業に対しても10%割増しオファーを適用する点で、内外平等の取扱いは確保されている旨を主張した。

 

 

 

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