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第5章 Massachusetts Burma Lawケース

 

1 はじめに

米国では連邦政府のほかに、各州及び地方政府が独自の政府調達法を保持している。米国の21の州及びその他の若干の地方政府は、この各州及び地方政府の政府調達法に関連して、ミャンマー(旧名ビルマ)の軍事政権によるいわゆる人権抑圧政策に反対することを主張して、ミャンマー関連の取引を行う民間企業が同州政府との政府調達取引を行うに際して、一連の制裁措置を導入した(1)。マサチューセッツ州もこのような制裁措置を導入した州の一つであった。米国はWTO政府調達協定の締約国であり、連邦政府機関、連邦政府関連機関及び37州が同協定の対象機関として掲げられているが、マサチューセッツ州はこの37州の一つであった。この同州の制裁措置がWTO政府調達協定に抵触するか否か、また米国憲法に抵触するか否かが争われたのが本件である。なお本件では、当初WTO紛争解決手続が開始されたが、米国国内裁判所の同制裁措置に対する違憲判決を受けて、WTO紛争解決手続は停止され、WTO紛争解決手続による裁定の提出までには至らなかった。そして本件の実際の解決は米国の国内法、具体的には連邦憲法の連邦制の解釈によりなされた。その意味で本件は、直接的には連邦制下における外交権限をめぐる連邦政府と州政府の権限配分をめぐる問題解決を考える題材を提供している。しかし、最終的裁定の提出には至らなかったものの、WTO政府調達協定の解釈自体に関しても、本件は多くの有益な示唆を提供しているものと思える。

 

2 事実

1996年6月25日、マサチューセッツ州は、ミャンマー(旧ビルマ)軍事政権によるいわゆる人権抑圧政策に反対して、ミャンマー関連取引を行う企業に対する差別的な制裁措置を立法したが、その内容は以下の通りである(2)

まず、本制裁法の適用対象である「ビルマ(ミャンマー)と取引を行う(Doing business with Burma (Myanmar)」とは、(a)「ミャンマーに主たる事業拠点・設立地・本社を保有すること、ミャンマーで商業活動、不動産賃貸借、フランチャイズ契約、多数支配子会社、販売契約を保有すること、又は、そのような自然人・法人の多数支配子会杜、ライセンシーやフランチャイズであること」、(b)「ミャンマー政府に対して直接融資・政府証券の引受け・コンサルティングや助言の提供・仲介サービスの提供・受託者または預託人としての活動・その他契約に基づく代理人としての活動等の金融サービスの提供を行うこと」、(c)「ミャンマー政府が主として取引の支配を行っている宝石・木材・石油・ガス・その他関連産品の輸入、又は、販売の促進を行うこと」、又は、(d)「ミャンマー政府に対して産品やサービスの供給を行うこと」を意味する(3)

そして、その調達制限の内容は、以下の通りである。まず上記の要件に合致してビルマ軍事政権と取引を行うと認定された企業は「制限的調達リスト」に掲載されて(4)、同州での政府調達より原則として排除されることとなる(5)。また、必要性等の条件が存在して、例外的に上記リスト掲載企業の入札参加が許容される場合であっても(6)、入札では当該企業に対しそのオファー価格の10%割増しがオファー価格として適用されるという差別的取扱を課されることになる(7)。この結果、非リスト掲載企業からのオファー価格がリスト掲載企業の割増し価格よりも高くない限り、非リスト掲載企業の商品・サービスを優先的に調達することが義務づけられることとなった。なお、この差別的取扱は、米国企業と外国企業の区別なく適用されるものであった(8)

なお、このマサチューセッツ州制裁法が制定されてから3か月後の1996年9月30日に、連邦議会はビルマの人権抑圧問題に関して、人権抑圧に対して米国企業のビルマヘの新規投資を禁止する内容の連邦制裁法を制定した(9)

 

3 WTO紛争解決手続

このマサチューセッツ州制裁法に対して最初に異議を唱えたのが、日本とECであった。両国はともに米国を相手取り、WTO紛争解決手続を開始した。米国はWTO政府調達協定に加盟しており、しかもマサチューセッツ州政府は同協定によってカバーされる米国37州の一つであるため(10)、同州制裁法が政府調達協定に抵触すれば、米国が同協定違反となるのは明確であった。したがって問題は、本件制裁法が同協定に抵触するか否かであった。日本政府は本件制裁法のWTO政府調達協定への整合性に関して、米国政府に対して再三懸念を表明してきたが、1997年3月にはWTO政府調達協定に基づき米国政府に対して情報提供請求を行ったが、その結果には満足な回答が得られなかった。

 

 

 

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