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「遠い帆」とはいかなるオペラか

 

オペラ支倉常長「遠い帆」は、1990年(平成2年)にその制作が始められて以来、関係者やスタッフによるプレ企画が何度も開催され、「日本語によるあたらしいオペラ作品をいかに創作するか」をめぐって、作品成立の前から関係者によって興味深い発言が数多く残されています。ここからのページでは、3回のプレ企画のダイジェスト、初演によせられた批評、そして、現在の時点において、この作品がどう評価されうるかをテーマにすえた音楽評論家・遠山一行氏の最新のコメントを、時間の流れにそってコラージュしてみました。「日本語によるオペラと能」「支倉常長の現代性=作品のテーマ」「市民参加と合唱のありかた」などについて、ごく早い時期から話題となり、その基本的な理念がどうオペラとして結晶していったか、理解の一助としていただければ幸いです。

 

1 1993年10月29日

プレ企画vol.2[オペラの魔力]

仙台市シルバーセンター

 

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高橋睦郎氏

仙台の皆さんだったら当然ご承知のとおり、支倉という人は江戸時代初頭に日本から西洋に渡った人です。この時代はちょうどオペラが生まれた、そして最初の成長期にあった頃ですが、オペラはこれとは逆に西洋から日本にきたものです。そこで、日本から西洋に渡った支倉に取り組むことで、西洋のまねではないオペラをつくりだす意味が照らしだされるのではないかと考えたわけです。

もう一点、支倉には、自分の意思があるのかないのかわからない、だけども自分のおかれた立場の、成すべきことだけは成し遂げる、西洋人とは違った伝統的な日本人の在りようがそこにあって、それをオペラにすることで、日本でオペラを創る可能性も見えてくるのではないかと思えてきたのです。

この二つをあわせると現代の日本で意味のあるオペラを創れる、また、意味のあるものを創らなければこの仕事は無意味になる。そこで、それにふさわしい形式をみつけるのに随分苦悩している最中思い出したのは、能の台本つまり、謡曲をかいた体験でした。能というのもまた、その大成者の世阿弥のことばに「歌舞一体」という言葉があります。「歌舞一体」、あるいは「舞歌一体」といいますが、舞と歌が一体になったものが能であると。要するに、舞踊、器楽を伴う歌唱劇、ということで、これもオペラと連なるわけですね。

ご承知のように能では謡と呼ばれるコーラスが大きな位置を占めます。謡をバックにして、仕手脇も歌い、語り、あるいは動く。これだなと思ったわけです。

この作品は、仙台市、仙台市民の作品であろうと思うんですけど。その場合にですね、仙台にこういう立派な人がいた、見てくださいという提示があるんですが、もう一つは、仙台にこういう人がいた、こういう人がいてこういう生き方をした、あるいはこういう生き方を余儀なくされた、それはいったい何だったんだろう、そして人間っていうのは何なんだろう、こういう問いかけを仙台市が、あるいは市民が世界に向かってする、ということも、仙台からのあるいは市民からの、世界に対する提出の仕方の一つではないかと思っています。

 

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三善晃氏

高橋さんに台本をお願いしたのは、私なりに高橋睦郎さんの作品と人は知っておりまして、この人以外にお願いする人はいないと思ったからです。そして二年間待って高橋さんが脚本をくださった時に、これで支倉の船にたとえれば、私の命運を託す航海図にしたがって自分の手足で船を漕いでいかねばならない、そのことを自分で承知しました。

仙台で新しいオペラを創るんだったら、それはやはり世界の音楽、世界の舞台芸術にとって一つの問いかけをするものでなければならないだろうということを思いました。その問いかけの形を私たちが創るということは、音で私自身が支倉を解釈するということでなければいけないんですね。そこで、私は少し解釈しました。結局、高橋さんが書いてくれた航海図は、問いかけなんだと。一つの運命、あるいは日本人的行為という具合いに高橋さんはおっしゃったけれども、それはそうだと。運命に対してうべなうという態度は、そこにどんなにわからない要素があり、迷いがあったとしても、それは支倉において一つの決意であったに違いないと。しかしその決意した支倉の行動が今、私たちにとって意味があるのだとすれば、彼がこのように選択し、決意するということは、いったい何なのかということを我々に答えなさいという問いなのではないかと。ですからもしかすると、支倉は悲劇の人とか偉い人だった、あるいはその物語に涙すべき主人公だったと解釈するのではなく、それに共感してどうするということでもなくて、もしかするとですよ、舞台があなたはどのように決意するのですかと問いかける作品になるのではないかと、それが私の今のところの、支倉の音づくりの解釈の方向です。

 

 

 

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