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1999年(平成11年)

平成11年横審第79号
    件名
貨物船ディオザイザベラ153乗揚事件

    事件区分
乗揚事件
    言渡年月日
平成11年12月17日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

猪俣貞稔、吉川進、西村敏和
    理事官
藤江哲三

    受審人
    指定海難関係人

    損害
右舷側船底外板に破口を伴う凹損、舵及びビルジキールに損傷、燃料油流出

    原因
荒天準備(台風避泊時の船内警戒準備体制)不十分、守錨当直不適切

    主文
本件乗揚は、台風避泊時における船内の警戒準備体制が十分でなかったこと、及び守錨当直が適切に行われなかったことによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年10月18日04時25分
静岡県清水港港外
2 船舶の要目
船種船名 貨物船ディオザイザベラ153
総トン数 1,987トン
全長 83.89メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,912キロワット
3 事実の経過
(1)船体一般配置等
ディオザイザベラ153(以下「ディ号」という。)は、昭和59年に高知県高知市で建造された、冷凍貨物専用の2層甲板船尾船橋型鋼製貨物船で、平成9年3月にR株式会社がディオザイザベラ153の船名で財団法人日本海事協会へ船級登録しており、3個の貨物倉を有し、1、2番倉隔壁及び2、3番倉隔壁の上甲板上にデリックポストが設置され、船首錨鎖は両舷8節を備えていた。上甲板下船体付き各タンクの配置は、船首からフォアピークタンク、1番倉下のディープタンク及び1番ディーゼル油タンク、2、3番各倉下の2、3番各燃料油タンク、機関室下の4番ディーゼル油タンク並びにアフターピークタンクとなっていた。

(2)乗組員
ディ号は、船長A、一等航海士、機関長、無線通信士、甲板長、操機長、司厨長及び冷凍機専用機関士の8人は韓国人船員が配乗され、二等航海士、三等航海士、三等機関士ほか甲板員及び機関員の8人からなるフィリピン人船員との混乗による計16人の乗組員で運航されていた。
(3)平成10年台風10号の動向
平成10年台風10号は、同年10月11日03時北緯10度20分東経138度55分において発生した後、フィリピン諸島に沿って西北進し、越えて16日06時には台湾の東方に至って進路を北北東に変え、中心気圧965ヘクトパスカル、最大風速30メートル毎秒(以下、風速は丘「m/s」で示す。)及び風速25m/s以上の暴風域が半径170キロメートルにわたる、大型で並の強さの台風となった。翌17日06時台風10号は、奄美大島の西方に達し、進路を北東に変えて速度を上げ、九州南部から日本列島を縦断する状況となり、そのころ九州から関東沿岸にかけて前線が停滞し、東海地方の天候は雨で、静岡地方気象台では同日15時50分静岡県全域に大雨、雷、強風、波浪、洪水の各注意報を発表した。また、気象庁の台風予測では、17日15時の台風中心位置である奄美大島の北西方から18日15時の中心位置は佐渡島付近、19日15時にはオホーツク海に至る予想図が示され、風速15m/s以上の強風域がほぼ日本列島を覆う状況が報じられた。
その後、台風10号は、九州を縦断して日本海を進み、18日06時佐渡島付近に、同日09時には北海道西方海上に至り、温帯低気圧となってオホーツク海に抜けた。
(4)清水港における台風対策
清水港においては、清水港長を会長とする台風対策協議会が清水海上保安部に設けられ、台風等による海難事故の発生が予想できる場合には、清水港長が同協議会委員会の検討結果を踏まえ、警戒体制等の発令・解除、避難の方法及びその他災害防止に必要な措置を在港船舶に勧告する体制をとっていた。同協議会は、清水海上保安部、静岡地方気象台、第五港湾建設局清水港工事事務所などの国家機関、清水警察署、清水港管理局などの地方機関及び委員に委嘱された清水水先区水先人会、船社・代理店、荷役・倉庫会社、マリーナ関係者ほか同港において事業を営む関係者によって構成され、勧告事項の内容は、荒天準備に加え、直ちに運航できる準備をするよう求める第1警戒体制(準備体制)及び厳重警戒体制をとるよう求めるほか総トン数3,000トン以上の船舶の港外避難、小型船舶の港内の安全な場所への避難を促す第2警戒体制(避難体制)並びに総トン数3,000トン以上の船舶の入港制限などが決められていた。
(5)ディ号における台風避難状況
ディ号は、スケジュール未定で空船のまま、京浜港東京区において長期停泊していたところ、平成10年10月13日清水港に回航し、越えて16日午後清水港興津第2ふ頭で食料及び飲料水を補給した後、折から台風10号が台湾東方沖合を北上し、日本列島に接近する状況であったことから、清水港長からの勧告を受ける前に台風避難準備のため沖出しし、船首1.20メートル船尾4.55メートルの喫水をもって、同日17時50分清水外防波堤北灯台(以下「防波堤北灯台」という。)から059度(真方位、以下同じ。)0.5海里の地点において、水深18メートル、底質泥のところに左舷錨7節を投下して錨泊した。

これより先、A船長は、同日15時00分の気象ファクシミリで、台風10号が日本列島を縦断する状況にあり、その進路予測から自船の錨地が台風進行方向の右半円に位置するので、風向が右周りに変化し、最強時の風向が南寄りになると想定した。
ところで、ディ号の錨位は、陸岸から約1,150メートルの20メートル等深線付近で、最強時の風向で陸岸に寄せられるおそれがあったが、本船にはバラストタンクがないので、喫水を更に深めるためには貨物倉に注水する以外に手段がなかった。
(6)台風避泊中の機関準備
ディ号は、港外投錨後、排気ブローを行ったのち機関終了としたが、機関緊急使用に対応できるよう、主機指圧器弁を閉鎖、潤滑油ポンプ、燃料ブースタポンプなどは連続運転、冷却清水系統は暖気状態とし、始動空気槽は自動充気の状態とするなど機関用意の状態を保持していれば数分で機関の始動は可能であった。

(7)乗揚に至る経緯
A船長は、錨泊開始後、乗組員を航海当直に準じた体制で守錨当直配置に就かせ、海図に投錨地点を中心とした半径250メートルの円を記入し、船位がその円の外側に出たならば報告するよう当直者に指示を与えただけで、貨物倉に注水することなく、清水70トン、ディーゼル油及び燃料油310トンを所持し、排水量1,765トンの浮遊状態で、左舷錨7節のまま錨泊を続け、自らは時折昇橋して気象海況を観察しながら、収集した気象情報で18日未明最も風速が強まる時期にあたると想定していたところ、18日03時ごろ風向風速計で18m/sの南風を、船内気圧計で1,010ヘクトパスカルを観測し、船首が150ないし180度の間で振れ回っているのを認めたが、機関用意の状態を保持し、船首錨要員を配置に就けるなど船内の警戒準備体制を十分にとらずに自室で休息した。

一等航海士は、03時45分に昇橋して守錨当直に就き、海図台にファイルしてある気象ファクシミリを確認し、風向風速計で南風23ないし25m/sが吹いているのを知り、船首の振れ回りは左右に5度程度と小さくなり、走錨し始めているおそれがあったが、十分に時間をかけてレーダーで船位を観測するなど守錨当直を適切に行わず、この時点では錨位が海図に示された円内にあったこともあり、いったん降橋した。その間にディ号は、瞬間最大風速30m/sの突風を伴う南風と波浪を受けて走錨を始めたが、一等航海士にこのことは確認されなかった。
04時07分A船長は昇橋したとき、船首が230度を向き、北側陸岸まで最も近いところで390メートルに接近しており、走錨していることを察知して総員緊急配置に就け、同時16分機関用意ができ、揚錨を令するとともに、機関と舵を種々使用して沖出しを試みたが、圧流が強くてどうすることもできず、04時25分防波堤北灯台から022度1.2海里にあたる、水深5メートル以下の砂浜に、船首が230度を向いて乗り揚げた。

当時、天候は雨で風力10の南風が吹き、潮候はほぼ高潮時であった。
乗揚の結果、右舷側船底外板に破口を伴う凹損のほか舵及びビルジキールに損傷を生じ、船体はサルベージ会社によって引き降ろされたのち修理され、流出した燃料油は、海上保安庁機動防除隊により回収された。


(原因)
本件乗揚は、清水港港外において、空船のまま貨物倉に注水するなど喫水を深める措置をとらずに錨泊中、大型で並の勢力に発達した台風が日本列島の北側を北東進し、錨位が台風進行方向の右半円に位置し、台風の接近に伴い、風勢が南寄りで最も強まることが予想される状況下、機関用意の状態を保持し、船首錨要員を配置するなどの警戒準備体制が十分でなかったこと、及び守錨当直が適切に行われず、走錨の発見が遅れたことによって発生したものである。


よって主文のとおり裁決する。






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