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1999年(平成11年)

平成10年広審第122号
    件名
旅客船せきど旅客負傷事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成11年9月8日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

杉崎忠志、織戸孝治、横須賀勇一
    理事官
弓田邦雄

    受審人
A 職名:せきど船長 海技免状:五級海技士(航海)
B 職名:せきど機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
旅客1人が全治1箇月問の入院加療を要する右第10肋骨骨折及び右大腿部打撲の負傷

    原因
旅客の転落防止についての配慮不十分

    主文
本件旅客負傷は、旅客の転落防止についての配慮が不十分で、サロンに至る後部中央通路端にある機関室後部開口部のふたが乗船開始直前に開放されたまま放置されたことによって発生したものである。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年7月11日14時53分
松山港第1区高浜泊地
2 船舶の要目
船種船名 旅客船せきど
総トン数 40トン
全長 21.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 882キロワット
3 事実の経過
せきどは、昭和63年6月に進水した旅客定員80人の軽合金製高速旅客船で、船体のほぼ中央前部寄りの上部に操舵室がその下層に船首方から前部客室が、中央部の前部に便所及び洗面所、それに隣接して右舷側に機関室前部入口及び左舷側に操舵室入口が次いで両舷に昇降口のある中央エントランス部及び後部客室がそれぞれ配置され、愛媛県中島港を基地として、同県松山港、野忽那島、睦月島、怒和島、津和地島及び二神島の各港とを結ぶ定期航路に就航し、A受審人及びB受審人ほか1人が乗り組み、平成10年7月11日06時00分愛媛県温泉郡中島町神ノ浦を発して運航を開始し、各港の入出航を繰り返しながら、船首0.9メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、14時21分松山港外港2号防波堤灯台から真方位006度1,700メートルの松山港第1区高浜泊地の桟橋に、船首を東方に向けて左舷付けで着桟した。
ところで、後部客室は、機関室の上部に設けられており、中央エントランス部の後方に幅約80センチメートル(以下「センチ」という。)の後部中央通路を挟んで両舷に3人掛けのいす座席5列が、その後部に周囲の各壁面に沿ってソファーを備えたサロンがそれぞれ配置され、同通路端のサロン入口前には一辺65センチ四方の機関室後部開口部(以下「後部開口部」という。)のふたが設けられていた。
機関室は、前部寄りの両舷に米国ゼネラルモータース社製GM8V-92TA型と称するディーゼル機関各1基を装備し、右舷側主機の前部に機関室前部入口からの昇降階段、警報装置盤、ビルジポンプ及び同室送風機が、左舷側主機の前部に主配電盤、変圧器、蓄電池用充電器及び同室送風機が、同室後部の中央部に交流220ボルト定格出力40キロボルトアンペアの発電機を直結したヤンマーディーゼル株式会社製4CHL-N型と称する出力36キロワットのディーゼル機関(以下「補機」という。)が、補機の両舷に蓄電池がそれぞれ備えられており、同室床面から天井までの高さが前部で1.6メートル、後部で1.25メートルであった。
また、機関室内の作業は、平素、同室前部入口から出入りして両主機及び補機の発停、点検などが行われていたが、潤滑油缶など同室に物品の搬入、搬出を要するときには後部開口部のふたを開放して作業が行われていた。
A受審人は、同5年4月にフェリー及び高速旅客船各3隻を所有するR社運輸課所属の船員となり、それらの船舶に船長として乗り組んで運航に従事したのち、同10年5月からせきどの船長兼安全担当者として乗り組み、旅客の乗下船の際には、機関長などを指揮して、係留索及び桟橋との間に渡すタラップの安全確認、旅客の乗下船時の誘導、客室内の障害物及び危険物の点検などを行って旅客の安全確保に努めていた。
B受審人は、同2年4月にR社運輸課所属の船員となり、同10年5月からせきどの機関長として乗り組み、もう1人の機関長とともに2労2休の就労体制のもとで、毎年6月ごろ入渠して両主機及び補機を整備して機関の運転と保守管理に当たっていたところ、1箇月ごとに行っていた補機の潤滑油の取替え時期となったので、同年7月11日16時35分から18時45分まで停泊する松山港第1区高浜泊地において、これを行うこととし、同日朝、その旨をA受審人に報告したが、自ら補機の潤滑油の取替えを行ったことがなかった。
14時21分B受審人は、着桟を終えて客室内を掃除し、15時00分野忽那島経由で中島港に向けて出航するまで待機するため機関室前部入口から同室に赴いて両主機を停止したのち、同時30分ごろから後部客室の前から3列目の右舷側座席に座り、同入口の後部壁面に取り付けたテレビを見ていたところ、同時40分過ぎ最前列の右舷側座席にいたA受審人が桟橋を歩いてくる旅客を左舷側の窓越しに認めて立ち上がり、しばらくして最前列の左舷側座席にいた甲板員も立ち上がるのを認めたものの、通常、出航予定時刻の15分前に両主機を始動して10分前ごろから旅客の乗船を開始するようにしていたので、両主機を始動するついでに補機の排油取出口を前もって調べておこうと考え、桟橋上にいたA受審人に連絡しないまま後部開口部から機関室に入ることとしたが、直ぐに機関作業が終わるので大丈夫と思い、入室後、直ちに同開口部のふたを閉めるなど、旅客の転落防止について十分に配慮することなく、同開口部のふたを開放し、ふたを閉めないまま同室に入ったため、乗船してサロンに行こうとする旅客が同開口部から同室に転落するおそれのある状況となった。
こうして、せきどは、タラップや係留索などの点検が行われたのち、A受審人及び甲板員が左舷側舷門に立って旅客の誘導を始め、旅客28人の乗船が順に開始され、最初に乗船した子供連れの婦人は後部中央通路を経てサロンに行く途中、後部開口部のふたが開放されているのに気付き、子供を抱いたまま同開口部をまたいでサロンに入ったが、3番目に乗船した旅客Cは、これに気付かず、14時53分前示係留地点において、同開口部から深さ1.25メートルの機関室床上に転落した。
当時、天候は雨で風力2の南西風が吹き、海上は平穏であった。
機関室内にいたB受審人は、補機の排油取出口とウイングポンプ吸入側ゴムホースとの接続部を調べようと、同取出口のキャップを取り外したところ、誤ってキャップを床下に落とし、それを探しているうち腕時計を見て旅客の乗船開始時刻近くとなったのに気付き、両主機を始動したものの、キャップを取り付けないまま放置すると同取出口から潤滑油が漏れ出ると考え、再びキャップを探していたところ、C旅客が目の前に落下したのを認めた。
左舷側舷門に立って旅客を船内に誘導していたA受審人は、2番目に乗船して後部客室にいた旅客から婦人が落下したとの連絡を受け、直ちに後部開口部に駆け付けてC旅客を救助し、事後の措置に当たった。
この結果、C旅客は、全治1箇月間の入院加療を要する右第10肋骨骨折及び右大腿部打撲の負傷を負い、同旅客の希望で中島町の病院に搬入され、その後、せきどは、客室の安全確認の徹底を図るとともに、後部開口部のふたを開放した際に、旅客及び乗組員にも分かるよう掲示する標示板が整備された。

(原因)
本件旅客負傷は、松山港第1区高浜泊地において、旅客の乗船を開始する直前に機関室に赴いて機関作業を行う際、旅客の転落防止についての配慮が不十分で、サロンに至る後部中央通路端にある後部開口部のふたが開放されたまま放置され、同開口部から旅客が同室に転落したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
B受審人は、旅客の乗船を開始する直前に後部開口部から機関室に赴いて機関作業を行う場合、同開口部から旅客が同室に転落することのないよう、入室後、直ちに同開口部のふたを閉めるなど、旅客の転落防止について十分に配慮すべき注意義務があった。しかしながら、同人は、直ぐに同作業が終わるので大丈夫と思い、旅客の転落防止について十分に配慮しなかった職務上の過失により、同開口部のふたを開放したまま同作業を続けて旅客の機関室への転落を招き、旅客に右第10肋骨骨折及び右大腿部打撲の負傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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