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1999年(平成11年)

平成10年神審第39号
    件名
作業船第八東海丸乗組員死亡事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成11年3月16日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

工藤民雄、佐和明、山本哲也
    理事官
平野浩三

    受審人
A 職名:第八東海丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
乗組員1人が右肺挫滅などで死亡

    原因
転錨作業を行う際の安全措置不十分

    主文
本件乗組員死亡は、土砂揚土船の転錨作業時における安全措置が不十分であったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年3月10日12時50分
福岡県博多港
2 船舶の要目
船種船名 作業船第八東海丸
総トン数 18トン
全長 13.78メートル
幅 5.20メートル
深さ 2.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 404キロワット
3 事実の経過
第八東海丸(以下「東海丸」という。)は、昭和63年4月に進水した中央船橋型の鋼製引船兼作業船で、全長45.00メートル幅18.00メートル深さ4.50メートルの非自航式土砂揚土船東海5号と2隻で船団を構成し、平成8年11月から福岡県博多港においてアイランドシティ整備事業に伴う港湾埋立工事に従事していたもので、専ら同号の投揚錨作業に当たっていた。
東海5号は、博多港第2区の、博多港東防波堤灯台から031.5度(真方位、以下同じ。)5,130メートルの地点において、船首をほぼ020度に向けて、左舷船尾端から呼び径40ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ3.10メートルの錨鎖が取り付けられた重さ約3トンの錨を水深約4.3メートルのところに投入し、これに連結した直径32ミリのワイヤ製錨索をほぼ128度方向約130メートルに延出していた。また同様に左舷船尾端から重さ約2トンの錨を西南西方に、また右舷船尾端から同重量の錨をこれとほぼ平行にそれぞれ延出したほか、左舷船首端から重さ約1.5トンの錨を北西方に、右舷船首端から同重量の錨を東北東方に繰り出し、さらに船首両舷端から岸壁に係留索を各1本取り、7点係留して船固めしていた。
B指定海難関係人は、昭和63年5月株式会社Rに入社し、その後東海5号に船団長として乗り組んで埋立作業全般の統括指揮に当たっていたもので、同号の右舷側に土運船を横付けさせ、同船で運ばれてきた土砂を東海5号備付けのバックフォーでホッパーに入れたのち、これをブームコンベアで予定埋立場所に投入する作業を続けていたところ、他社のバージから東海5号の左舷船尾端から128度方向に投入されている前示錨が入出航の際支障になるとの連絡を受けたので、急遽これを同方向約60メートル遠方に打ち替えることにした。
2日前に投入した同錨は、アンカークラウンの長さ約1.20メートル、アンカーシャンク上端からクラウン下端までの長さ約3.60メートルで、同クラウンに引揚げ索として直径約28ミリ長さ約20メートルのワイヤが、直径約60センチメートル(以下「センチ」という。)の球形の浮き(以下「ブイ」という。)を通して先端がシャックル止めされ、さらにこのシャックルに先取り索として直径約15ミリ長さ約
5メートルのワイヤがつながれていた。
東海丸には、船首端中央の甲板上に錨吊下げ用の起倒式ガイドローラ(以下「ガイドローラ」という。)が、その中央部後方に胴径約40センチのドラムを備えた油圧駆動のウインチ1基がそれぞれ設備され、同ローラから約1メートル離れた両舷側に、甲板上の高さ約1.25メートルの鋼製のビットが設置されていた。
ガイドローラは、長さ約140センチ幅約30センチ厚さ約9ミリのくの字形をした2本の鋼製フレーム間の頂部に、胴径約30センチつば径約35センチ幅25センチのローラ1個を取り付けたもので、その基部が甲板上に溶接された固定金具にピンで結合されており、これを支点として船首尾線方向に起倒することができるようになっていた。
また、甲板上約1メートルの船首ブルワーク上縁には、高さ約15センチ幅約7センチの固定金具2個が溶接されており、ガイドローラを使用するときには、同固定金具の間に倒して船首端から舷外に振り出したのち、同ローラのはね上がり防止と横方向への強度を補強するため、直径5センチ長さ50センチの固定ピンを、ガイドローラのフレームと同固定金具間を貫通する穴に挿し込んでブルワーク上にガイドローラを固定することになっていた。
ところで、転錨時の作業手順は、あらかじめガイドローラを固定ピンでブルワーク上に固定したのち、引揚げ索をウインチで巻き込み、アンカークラウンが水面近くに巻き揚がったところで東海5号に合図を送り、同号が錨索を延ばしたのち、同号からの合図を受けて錨を吊り下げた状態で目的地に向け発進し、予定地点に至ったところで錨を投入して作業を終えるものであった。
B指定海難関係人は、平素、作業前のミーティングなどの機会を利用し、東海丸に乗り組む乗組員に対し、投揚錨作業時には、必ず固定ピンを挿入してガイドローラをブルワーク上に固定して作業を行い、また揚錨を終えて移動を開始するときにはウインチの後方に下がって待機するよう指示していた。
東海丸は、A受審人、乗組員Cほか1人が乗り組み、東海5号の転錨作業に従事する目的で、船首0.8メートル船尾3.4メートルの喫水をもって、平成9年3月10日12時40分同号の前部左舷側を離れ、同号左舷船尾端から南東方に入れていた前示錨の投入地点を示すブイに向かった。
A受審人は、発進時から操船の指揮を執り、間もなく目的のブイに到着し、いつものようにC乗組員を船首に、また他の乗組員をウインチの操作にそれぞれ配置して錨の吊り上げ作業に取り掛かった。
一方、C乗組員は、約1年の転錨作業経験を有し、同作業時船首で玉掛け作業や錨の状態監視を担当しており、作業服上下に、安全帽、ゴム手袋、長靴及び救命胴衣を着用して作業に当たり、いつものようにガイドローラを船首方向に倒して錨の吊り上げ作業の準備をしたが、その際、固定ピンの挿入を失念し、ガイドローラをブルワーク上に固定しなかった。
このときA受審人は、自身の操船位置から固定ピンの挿入状態が確認できる状況で、これまでC乗組員がたまに同ピンの挿入を忘れることがあることを知っていたが、同乗組員が今まで数え切れないほど同じ作業を繰り返し、折を見ては注意していたことでもあり、問題ないものと思い、また当時南東寄りの風が少し吹いていたことから、東海5号及び土運船が圧流されることが気になっていたこともあって、同乗組員に対し、固定ピンの挿入を確認するよう指示することなく、同乗組員が固定ピンの挿入を忘れたことに気付かないまま錨の吊り上げ作業を開始した。
こうしてC乗組員は、先取り索を取り込んだのち、引揚げ索をガイドローラを介してウインチのドラムに巻かれたワイヤにつないで巻き込ませ、アンカークラウンが海面付近に揚がったころウインチを停止させたうえ、A受審人に両手を水平に挙げ、錨が海面付近に揚がったことを合図した。
C乗組員からの合図を受けたA受審人は、直ちに操舵室右舷側外に出てB指定海難関係人に両手を水平より上に挙げて合図するとともに、大声で錨が揚がったことを報告した。
一方、周囲がよく見通せる土運船の左舷船尾側に立ち、東海丸の作業を監視していたB指定海難関係人は、A受審人からの合図と報告を受け、東海5号のウインチ操作に当たっていた作業員に錨索を繰り出すよう指示し、その後ウインチを逆転させて錨索を繰り出した。
このころ、A受審人は、錨が揚がった後、いつもはウインチの後方に下がって退避していたC乗組員がそのままガイドローラーの右舷横に留まっているのを認め、引揚げ索が横方向に張ったときなど危険な状況となるおそれがあったが、折からの南東寄りの風を気にして作業を急ぐあまり、同乗組員に対し、後方の安全なところに退避するよう指示しないでいるうち、B指定海難関係人から予定投入地点に向けて発進するよう合図があった。
そこで、A受審人は、12時49分左舵一杯にとり、機関のクラッチを前進に入れて回転数を徐々に上げ、間もなく450回転の3ノットの速力として前進を開始し、船首が198度に向いたとき、錨が揚がりきっていなかったものか、あるいは右舷方に導かれていた錨鎖やワイヤがヘドロの中に埋没していたものか、引揚げ索が右方に緊張してガイドローラが強く引かれ、同ローラがブルワーク上の右側固定金具を曲げて右舷方に曲損し、12時50分博多港東防波堤灯台から033度5,100メートルの地点において、C乗組員が曲損したガイドローラと右舷船首端のビットとの間に上半身を挟まれた。
当時、天候は曇で風力3の南東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期であった。
B指定海難関係人は、A受審人からの報告を受けて事故の発生を知り、C乗組員(昭和15年10月26日生)を手配した救急車で病院に搬送して手当を受けさせたが、同乗組員は右肺挫滅などで死亡した。

(原因)
本件乗組員死亡は、東海丸が博多港内の港湾埋立工事現場において、非自航式土砂揚土船の転錨作業を行う際の安全措置が不十分で、船首に土砂揚土船の錨をガイドローラを介して吊り下げた状態で投入地点に向け移動を開始した際、引揚げ索が横方向に強く緊張し、同ローラに大きな荷重がかかって右舷方に曲損し、乗組員がガイドローラと右舷端のビットとの間に挟まれたことによって発生したものである。
安全措置が十分でなかったのは、現場作業責任者の船長が、船首配置の乗組員に対し、ガイドローラの固定ピンの挿入を確認したうえ、錨の吊り上げを終えたときには速やかに後方の安全なところに退避するよう指示しなかったことと、乗組員が、同ローラの固定ピンの挿入を確認しなかったうえ、錨の吊り上げを終えたとき速やかに後方の安全なところに退避しなかったこととによるものである。

(受審人等の所為)
A受審人は、操船に当たりながら作業指揮を執り、乗組員を船首に配置して土砂揚土船の転錨作業を行う場合、ガイドローラは固定ピンを挿入しないまま横方向の力を受けると曲損するおそれがあったから、船首配置の乗組員に対し、固定ピンの挿入を確認するよう指示すべき注意義務があった。しかるに、同人は、船首配置の乗組員が今まで数え切れないほど同じ作業を繰り返し、折を見ては注意していたことでもあり、問題ないものと思い、乗組員に対し、ガイドローラの固定ピンの挿入を確認するよう指示しなかった職務上の過失により、錨を吊り下げた状態で投入地点に向け移動を開始したとき、引揚げ索が横方向に強く緊張し、ガイドローラが右舷方に曲損して乗組員が同ローラとビットとの間に挟まれて死亡するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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