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1999年(平成11年)

平成10年長審第77号
    件名
貨物船トムキャット2機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成11年10月29日

    審判庁区分
地方海難審判庁
長崎地方海難審判庁

安部雅生、原清澄、坂爪靖
    理事官
上原直

    受審人
A 職名:トムキャット2船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
B 職名:トムキャット2船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
C 職名:和弘丸船長 海技免状:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
    指定海難関係人

    損害
右舷主機の全シリンダの最上段のピストンリングが折損、4番シリンダの吸気弁2組のうち1組の弁棒が固着、傘部が付け根から折損

    原因
給油船側・・・船体の整備不十分
本船側・・・・燃料油タンクの取扱い不適切

    主文
本件機関損傷は、給油船側が、船体の整備不十分であったことによって発生したが、本船側が、燃料油タンクの取扱い不適切であったことも一因をなすものである。
受審人Cを戒告する。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
第1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年12月14日09時30分ごろ
長崎県平戸島南西方沖合
第2 船舶の要目
船種船名 貨物船トムキャット2
総トン数 19トン
全長 19.70メートル
登録長 17.89メートル
幅 4.16メートル
深さ 1.93メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 728キロワット
回転数 毎分2,100
第3 事実の経過
1 トムキャット2の建造経緯並びに船体及び機関の概要
(1) 指定海難関係人R株式会社
指定海難関係人R株式会社(以下「R社」という。)は、昭和52年4月に創立されたU海運を母体として平成3年9月に設立され、代表取締役Eが業務全般の陣頭指揮をとり、一般貨物自動車運送業、内陸水運業等を営んでいたところ、同5年10月中古の小型貨物船を購入し、長崎県佐世保港から同県上五島諸港への日常生活物資の輸送を開始したが、同船の速力が遅かったことから、代船としてトムキャット2(以下「トムキャット」という。)を建造することとした。

(2) 指定海難関係人S株式会社及び同T株式会社
指定海難関係人S株式会社(以下「S社」という。)は、W株式会社(以下「W社」という。)の系列会社で、平成2年11月に創立されたV株式会社を母体として同8年2月に設立され、小型漁船、モーターボート等の製造及び販売を行っていたところ、自社と同じくW社の系列会社であって、小型機関の販売、整備等を主たる業務とするT株式会社(以下「T社」という。)から平成6年6月ごろR社を紹介されてトムキャットの建造を受注し、航行区域は限定沿海区域、船体は二基二軸のFRP製コンテナ船、総トン数は20トン未満、コンテナ積載数は11個、主機はディーゼル機関で燃料油をA重油とすることなどをR社と取り決め、同7年3月トムキャットを竣工させ、竣工後のアフターサービス全般の窓口をT社とした。
(3) 船体の概要

船体は、一層甲板型縦式構造で、船首側から順に船首倉庫、6番コンテナ庫、1番から4番までのコンテナ庫、機関室、5番コンテナ庫及び船尾倉庫を配置し、機関室の上方に操舵室を、船尾倉庫の下方に操舵機室を設け、操舵室の左舷方にコンテナ吊上げ用のクレーンを設置し、機関室の両舷側に主機を備え、船尾外板両舷側に主機の排気出口管を取り付けて主機の排気を海面上に排出するようにし、6番コンテナ庫は中央のみ、1番から5番までの各コンテナ庫は左右に、自重350キログラム最大積載重量500キログラムのコンテナを1個ずつ積めるようになっていた。なお、船首倉庫と6番コンテナ庫との間を横隔壁で区切り、船首倉庫、6番から4番までのコンテナ庫及び5番コンテナ庫の各床の基線からの高さが0.96メートル、0.75メートル及び1.00メートルであり、船首倉庫の下方、6番から4番までのコンテナ庫の下方及び5番コンテナ庫の下方をそれぞれ密封した空所とし、空船時の平均喫水が0.63メートル、満船時の平均喫水が0.81メートルとなっていた。
また、6番から4番までのコンテナ庫の下方の空所内には、長さ5.70メートル上面の幅1.64メートル下面の幅0.64メートル最大高さ0.60メートルで、船首尾中心線に対称の逆台形状となった容量4キロリットルの燃料油タンクを設置し、同タンクの後壁が機関室前部隔壁の一部となっており、同タンクの上面前端部両舷側にエア抜き用ゴムホースを取り付けてあったが、同ホースは、同タンク前端上方の肋板を貫通する管などを介して、6番コンテナ庫の左右両舷側囲壁後部外方に設置された、外径4センチメートル(以下「センチ」という。)甲板上の全高さ32センチラッパ状となった開口部下端までの高さ17センチのステンレス鋼製グーズネック型のエア抜き管に導かれ、同開口部には、防爆用兼波のしぶきなどの浸入防止用の金網とふたを取り付けてあった。

ところで、S社は、燃料油タンクの後面に燃料油取出弁、ドレン弁等を取り付けるにあたり、同タンク内にたまったドレンを極力排除できるよう、ドレン弁に内管を取り付けないまでも、ドレン弁の位置は、燃料油取出弁よりも低く、かつ、船首尾中心線付近とすべきであったのに、各弁の取付位置を十分に配慮しないで、船首尾中心線から左舷側に25.5センチ離れたところにドレン弁、12センチ離れたところに左舷主機燃料油取出弁を、同線から右舷側に12センチ離れたところに右舷主機燃料油取出弁、25.5センチ離れたところに油面計元弁を取り付け、これら弁の同タンク底面からの高さをいずれも10センチとしてあった。
(4) 機関の概要

従って、燃料油タンク内のA重油は、同タンクからユニカスフィルタ、水分離器及び機付フィルタを順に通って燃料噴射ポンプに吸入されることとなり、同油に多量の水分が混入した場合には、水分離器で水分の混入を検知する前に多量の水分がユニカスフィルタに吸引され、同フィルタ内でA重油の一部が微細な水分やスラッジなどの異物とともに撹拌(かくはん)作用を受け、異物の種類や量によっては著しく乳化し、乳化した油に対しては水分離器が機能しないので、乳化したA重油がそのまま機付フィルタに入り、異物の一部が同フィルタを通り抜けて主機に送られることとなった。

2 トムキャットの竣工後の運航模様
(1) A受審人
A受審人は、平成元年3月R社に入社し、トラックの運転業務に就いていたところ、同6年3月E代表取締役らと一級小型船舶操縦士の海技免状を取得して前示中古小型貨物船の船長職をとるようになり、次いで、竣工したばかりのトムキャットに船長として1人で乗り組み、不明な点や異状を生じた際には直ちにE代表取締役に連絡することとし、平日は午前と午後の2便、日曜日や祝日は午前の1便のみ、1便に6時間から7時間ほどを要するトムキャットの運航に従事し、風速毎秒15メートル以上、波高3メートル以上の場合には、その都度E代表取締役と相談して運航を中止するかどうか決めていた。
一方、R社は、A受審人の労力軽減のため、日曜日や祝日は、同人を休養させてE代表取締役または同取締役の弟がトムキャットを運航し、さらに平成7年11月1日付けでFを船長として雇い入れてA受審人を運航責任者と定め、平日の午前の便と午後の便を同人とFとで分担させ、トムキャットの運航を中止した際には、佐世保港と上五島諸港とを結ぶ定期フェリーで物資の代替輸送を行っていた。

ところで、A受審人は、船首に大きな波をかぶったとしても、海水が燃料油タンクのエア抜き管内に極力入らないよう、同管開口部のふたのすき間を約1センチとし、また、波をかぶるようになれば、速力を下げるなどして船首に受ける波の衝撃を弱め、しぶきがかかるのは前部甲板中央から後方にかけてとなるように操船し、竣工後しばらくして、T社からE代表取締役経由で入手した「19tコンテナ船船長心得」と題する書面に記載された機器の定期的点検・整備基準に従い、主機の燃料油系統に関しては、毎月1回機付フィルタのエレメント取替えと水分離器のドレン抜きを自ら行うこととし、半年ごとにユニカスフィルタのエレメントをT社手配の業者によって取り替えていたが、定期的にこれらの燃料油フィルタのエレメントを取り替えるから必要あるまいと思い、燃料油タンクのドレン抜きを一度も行わなかった。
(2) 他船との衝突
トムキャットは、Fが1人で乗り組んで航行中、平成8年3月3日かつお一本釣り漁業に従事する総トン数499トンの鋼製漁船と衝突して船首部を大破し、同人は責任をとって辞職した。
S社は、R社の依頼を受けてトムキャットの損傷箇所の調査を行い、船首倉庫下方の空所の後壁に穴を開けて6番コンテナ庫の下方を点検したところ、何ら異状を認めなかったので、6番から4番までのコンテナ庫の下方の空所に支障を生じていることはないものと思い、他船との衝突時の衝撃及びコンテナ積み降ろし時の衝撃により、燃料油タンクのエア抜き用ゴムホースが同タンク前端上方の肋板を貫通する管から外れていることや、6番から4番までのコンテナ庫の床と側壁との接合部近辺の目張りなどが数箇所にわたって剥離していることに気付かないまま、約1箇月かけて船首部の外板及び甲板のほか、船首倉庫の前後部隔壁、床、内部骨材等を修理した。

従って、その後トムキャットは、6番から4番までのコンテナ庫にたまった雨水や海水なとが、同コンテナ庫下方の空所に徐々に浸入して同空所の水位が上昇し、遂には外れたゴムホースの先端が水中に浸かっで燃料油タンク内に浸水するようになった。
一方、A受審人は、竣工以来点灯したことのなかった警報ランプが、同年10月下旬ごろから点灯するようになったのを認めてその旨をE代表取締役に通報し、以後、警報ランプが点灯する都度、水分離器にたまった水を抜いていたが、依然、燃料油タンクのドレン抜きはおろか、ユニカスフィルタのドレン抜きも行わなかった。
(3) B受審人
B受審人は、高等学校を卒業後、小型漁船に甲板員として乗り組み、昭和63年8月に一級小型船舶操縦士の海技免状を取得したのちも甲板員のままであったところ、平成8年11月1日トムキャットに甲板員兼船長として雇入れされ、A受審人から機器の取扱方法や操船方法などについての指導を受けながら、原則として、平日の午後の便の船長職をとり、週に3回ばかり、午後の便に出る前の荷役時に、A受審人の補佐をしながらA重油を補給していたが、同人が適時燃料油タンクのドレン抜きを行っているものと思い、自らは同タンクのドレン抜きを行わなかったので、同タンク内に多量の水が混入していることに気付かず、また、警報ランプが点灯するようになったことにも気付かないまま運航に従事していた。

(4) コンテナ庫と主機の修理
同月7日E代表取締役は、A受審人から警報ランプが頻繁に点灯するようになったとの報告を受けていたので、午前の便を終えて佐世保港に帰着したトムキャットに赴き、自ら機付フィルタを開放して点検したところ、内部に水がたまってさびを生じているのを認め、燃料油に多量の水分が混入していると判断したが、とりあえず同フィルタのエレメントを取り替えて午後の便に就航させるとともに、早急に対策を講ずるため、T社と給油業者に通報した。
E代表取締役から通報を受けたT社は、S社とともに、同日夕刻佐世保港に帰着したトムキャットに乗り込んで調査したところ、6番から4番までのコンテナ庫の下方の空所に多量の水がたまっているとともにA重油が浮かんでいるのを認め、その原因が前示コンテナ庫の損傷と燃料油タンクのエア抜き用ゴムホースの外れであることを発見し、E代表取締役と打ち合わせた結果、トムキャットの運航に極力支障を生じさせないよう、本格的修理は後日行うこととし、同空所の排水、燃料油タンクの清掃、外れたゴムホースの復旧、同コンテナ庫の応急修理、ユニカスフィルタ及び機付フィルタの各エレメント取替え等を徹夜で済ませ、翌8日の便に間に合わせた。

ところが、明けて同9年1月31日トムキャットは、B受審人が1人で乗り組んで航行中、右舷主機のピストンとシリンダライナとの焼付きを生じたので、左舷主機だけで佐世保港に戻ったのち、T社とS社により、両舷主機とも、ピストンとシリンダライナの焼付きが発見され、主機の損傷は燃料油への多量な水分混入による後遺症と判断され、両舷主機の開放修理、6番から4番までのコンテナ庫の本格修理、燃料油タンクのエア抜き用ゴムホースの一本化、ユニカスフィルタ及び機付フィルタの各エレメント取替え、燃料油タンクのフラッシングによる清掃と圧力試験等を行い、給油業者は従来どおりとして翌2月17日運航を再開した。
(5) 給油業者と給油船
給油業者は、昭和31年6月に設立された株式会社Xが同62年6月に商号を変更した株式会社Y(以下「Y社」という。)で、株式会社Z(以下「Z社」という。)との販売店契約による油脂類の販売を主たる業務とし、いずれも船籍港を長崎県佐世保市、航行区域を平水区域とした和弘丸及び第三たま丸と称する2隻の給油船でもって、佐世保港内に位置するZ社の油槽所などで積み込んだ軽油、A重油等を主として同港内停泊中の船舶に供給していた。

ところで、和弘丸は、昭和54年8月に竣工した、総トン数45.00トン長さ18.42メートル幅4.60メートル深さ2.20メートルの一層甲板型鋼製油タンカーで、平成4年11月Yの所有となり、甲板下には、船首側から順に船首倉庫、容量12キロリットルの軽油タンク、同19キロリットルの1番A重油タンク、同22キロリットルの2番A重油タンク、同36キロリットルの3番A重油タンク、機関室、船尾倉庫等を配置し、軽油タンクやA重油タンクなどの貨物油タンクについては、いずれも左右に仕切ったうえ、各タンクのベルマウスの高さを4ないし5センチとし、船首尾線沿いに長さ0.50メートル幅1.00メートル高さ0.57メートルのハッチを設け、ハッチ両舷側至近の甲板上に鋼製のエア抜き管を取り付けてあり、計画満載喫水が船首船尾とも2.10メートルであって、満載時には乾舷が10センチほどしかなかったものの、船長と機関長の2人が乗り組んで佐世保港内での給油業務を行うかたわら、同港の港界から西北西方に約8海里離れた長崎県黒島漁港(白馬地区)内の同県黒島漁業協同組合所有の陸上地下タンクヘ1箇月に2ないし3回、1回につき20ないし30キロリットルのA重油を納入しており、軽油とA重油の合計月間取扱量が400ないし800キロリットルであった。
また、貨物油タンクのエア抜き管は、外径が5センチで、新倉工業株式会社製のNS−53−50型と称する鋳鉄製の頭部を備え、甲板上の全高さを54センチ、頭部の下向きとなった開口部までの高さを42センチとし、頭部には、水没した場合の海水逆流防止用として、プラスチック製中空円盤状のフロートを内蔵したうえ、防爆用兼海水のしぶきなどの浸入防止用として、開口部の入口にステンレス鋼製の金網及び開口部とのすき間を1.5センチとしたステンレス鋼製のふたを取り付けてあった。

一方、第三たま丸は、昭和52年12月に竣工した、総トン数19.97トン長さ14.38メートル幅3.60メートル深さ1.70メートルの一層甲板型鋼製油タンカーで、平成8年5月Y社の所有となり、甲板下には、船首側から順に、船首倉庫、軽油タンク、1番A重油タンク、2番A重油タンク、機関室等を配置し、各貨物油タンクには、和弘丸と同様なハッチを設け、満載時の乾舷も和弘丸と同程度であったが、貨物油タンクのエア抜き管については、2番A重油タンク後部左舷側のみ、和弘丸と同じ頭部を有するものを操舵室左方のブルワーク内側に設けた以外、他はすべてトムキャットと同様なグーズネック型で、外径を7.5センチとし、甲板上の全高さが81センチ下向きとなったラッパ状の開口部までの高さが62センチとなっていて、和弘丸の同エア抜き管よりも高く、専ら佐世保港内での給油業務に従事し、黒島漁港へ行くことはなかった。
(6) C受審人
C受審人は、約30年間海上自衛隊に勤務したのち、昭和63年7月Y社に採用され、同社所有の小型油タンカーに船長として乗り組んでいたところ、平成4年11月同社が購入したばかりの和弘丸の船長となり、同7年6月に定年となっていったん退職したのち、翌8年12月再び採用されて和弘丸に船長として乗り組み、機関長とともに、年1回の入渠中はもちろんのこと、給油業務の合間を見ては船体の整備を行い、船体各部が船齢相応に劣化しているのを認めていたが、給油した軽油やA重油に関して苦情を受けたことがなかったので、貨物油タンクについては格別の問題がないものと思い、同タンクの内部やエア抜き管を十分に点検することなく、エア抜き管頭部のふたや金網が著しく腐食衰耗し、中には完全に脱落しているものがあることや、同タンク内面に著しいさびを生じていることに気付かないで、これらを放置したままであった。
(7) D指定海難関係人
D指定海難関係人は、約20年間某石油会社所属の佐世保港内での給油業務に従事する油タンカーに勤務したのち、平成6年4月Y社に入社して和弘丸の機関長となり、乙種危険物取扱者の資格を有していたことから、同船の給油責任者を兼任し、船長とともに給油業務に従事するかたわら、船体、機関の整備を行っていたものの、C受審人と同様に、貨物油タンクの内部やエア抜き管を十分に点検していなかったので、これらに関する前示損傷に気付かないままであった。
3 運航再開後から本件発生までの経過
両舷主機の開放修理、コンテナ庫の本格修理、燃料油タンクの清掃等を行って平成9年2月17日運航を再開したトムキャットは、燃料油の供給をほとんど第三たま丸から受けながら、従来どおり、機付フィルタについては月1回、ユニカスフィルタについては半年に1回それぞれエレメントを取り替え、順調に運航していたところ、同年9月1日付けで佐世保魚市場が、佐世保港から同港の北北西方5海里ばかりに位置する長崎県相浦港に移転したのに伴い、同船が相浦港での給油業務に専念するようになったので、同日以降、ほとんと和弘丸から給油されるようになった。

ところが、和弘丸は、前示のとおり、貨物油タンクの内面に著しいさびを生じていたうえ、乾舷が小さく、エア抜き管頭部の著しい腐食衰耗なとが放置されていたため、波やうねりがあって甲板に海水が打ち上げる場合には、貨物油タンクのエア抜き管から海水が同タンク内に入り、海水や鉄さびなどの異物を少なからず含んだA重油をトムキャットに繰り返し供給するようになった。

同月14日から16日にかけて台風19号が九州地方を襲ったのち、翌17日トムキャットは、和弘丸からA重油2.7キロリットルを補給して運航を開始したところ、機付フィルタの詰まりが進行し、翌々18日B受審人が1人で乗り組んで航行中、右舷主機の機付フィルタのエレメントが著しく目詰まりして同機の回転数低下をきたすようになったので、E代表取締役にその旨通報して指示を受け、T社にユニカスフィルタのエレメントの在庫がなかったので、同エレメントは後日入手次第取り替えることとし、佐世保港帰着後両舷主機の機付フィルタのエレメントのみ取り替え、運航を続けた。
越えて同月26日E代表取締役は、A受審人から、T社手配の業者が両舷主機のユニカスフィルタのエレメントを取り替えたところ、同フィルタ内部に黒っぽいタール状の物質が充満していた旨の報告を受け、燃料油タンク内に水分その他の不純物が多量に混入していると判断し、給油船から供給されたA重油に原因があると推定したものの、主機本体は半年ばかり前に開放修理して順調に作動していたし、突然トムキャットの運航を中止するわけにはいかないし、給油船を変えて正常なA重油を使用するようになれば問題は解決するものと思い、燃料油タンクの清掃を行わないで、A受審人に給油船に対して注意を促すよう指示するとともに、Z社に事態を話して給油船の変更を要請したところ、Y社の事情があるからしばらくの間待ってほしいと言われ、燃料油フィルタ

エレメントの定期的取替え以外に要する同エレメントの代金はZ社に請求することとしてトムキャットの運航を続けた。
また、T社は、トムキャットに手配した業者から、同船の主機のユニカスフィルタが異常に汚れていた旨の連絡を受け、燃料油中に多量の異物が混入したためと推定したものの、主機本体に支障を生じたわけではなく、燃料油フィルタのエレメントを取り替えさえすれば、しばらくの間主機は順調に運転できるし、R社給油船を変更しようとしていることを聞いたうえ、安易に機器整備のためと称してトムキャットの運航中止を申し出るわけにはいかないし、何よりも、機器の整備を実施するかどうか決定するのは船舶所有者だからと、R社に対し、早期に燃料油タンクの清掃を行うよう助言しなかった。
その後、トムキャットは、引き続き和弘丸から給油を受けながら運航に従事し、A、B両受審人が依然燃料油タンクのドレン抜きを行わないでいたところ、同タンクのドレンが次から次へとユニカスフィルタに吸引され、同年10月13日左舷主機の機付フィルタが著しく詰まって同機の回転数低下をきたしたのに伴い、両舷主機の機付フィルタのエレメントを取り替え、次いで同年12月8日には両舷主機とも回転数を十分に上げられなくなって、両舷主機のユニカスフィルタ及び機付フィルタの各エレメントを取り替えたものの、R杜が格別の対策を講じないでいるうち、微細なスラッジ、水滴、鉄さび等からなる乳化物がA重油とともに機付フィルタのエレメントを通り抜けて主機に送られ続け、主機の燃焼が不良となってピストン上部に燃焼残渣物が異常に付着するようになり、3本のピストンリングのうち最上段のピストンリングが異常に磨耗し始めた。
こうしてトムキャットは、B受審人が1人で乗り組み、日常生活物資を詰めたコンテナ6個を積み込み、発航前の各部点検を済ませ、同年12月14日日曜日05時ごろ佐世保港を発し、有川港、小値賀漁港及び平漁港と順に寄せて荷役を行い、空コンテナ6個を載せた状態でもって、09時ごろ平漁港を発し、針路を真方位120度ほどにとり、主機の回転数を毎分約2,100とし、約21ノットの速力で佐世保港に向けて航行中、右舷主機において、全シリンダの最上段のピストンリングが折損して燃焼ガスの著しい吹抜けを生ずるようになり、09時30分ごろ尾上島灯台から真方位261度0.9海里ばかりの地点に達したとき、4番シリンダの吸気弁2組のうち1組の弁棒が固着し、同弁棒の傘部の下面がピストンの頂部でたたかれ、傘部が付け根から折損してシリンダ内に落下し、主機が異音を発した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、海上は穏やかであった。
4 本件発生後の措置
B受審人は、異音に気付き、両舷主機を停止して調査したところ、右舷機のオイルパン内の潤滑油が激減しているのを認め、同油を補給して同機を始動したものの、依然異音を発するので直ちに同機を停止し、E代表取締役に状況を直接通報して指示を受け、左舷機のみ低速で運転して長崎県平戸港に入り、入渠した。
E代表取締役は、T社、Z社及びY社に主機が損傷した旨をそれぞれ伝え、主機の修理、燃料油タンクの清掃等を依頼し、以後、燃料油をA重油から軽油に変更した。
T社は、両舷主機を陸揚げして精査した結果、ピストン上部に多量の燃焼残渣物の堆積、最上段ピストンリングの折損、燃料噴射ポンプのプランジャー及びバレルの異常磨耗、ノズルチップの噴霧不良等を認め、これらの部品をすべて新替えして主機を復旧したほか、燃料油タンク内のA重油及び機付フィルタ内付着の黒色油状物質を採取して分析したところ、同油中には多量の水分を含み、同物質中には炭化物、金属硫酸塩、鉄を主体とした金属酸化物、塩素化合物等を多量に含んでいることが判明した。

C受審人は、後日、自らが給油責任者となり、D指定海難関係人とともに改めて全貨物油タンクのエア抜き管を点検したところ、同管の頭部が著しく腐食衰耗していることに気付き、同頭部をすべて新替えしたほか、甲板上の全面塗装、貨物油タンク内の清掃にも努めた。
なお、Z社は、清掃専門の業者を手配して燃料油タンクの清掃を行った。


(主張に対する判断)
1 C受審人及びD指定海難関係人の両人は、月に1回は貨物油タンク内部を点検し、汚れがあれば拭き掃除をしていたが、水分やスラッジなどによる汚れはほとんどなく、また、同タンクのエア抜き管はすぐ手の届くところにあり、暇なときには手入れをしていた旨を主張するが、以下の事項により、両人とも、同タンクの内部やエア抜き管の点検を十分に行っていたとは認められない。
(1) 貨物油タンクの内面及びエア抜き管頭部の腐食状態
(2) 安部受命審判官作成の和弘丸の貨物油タンクの内部状況等についての検査調書中、「空槽とされていた2番左舷A重油タンク内に直径約5センチ長さ2メートルばかりの用途不明の鋼管が放置されていた。」旨の記載
(3) C受審人の当廷における、「エア抜き管のさび落としや塗装はしていたが同管頭部が傷んでいることには全く気付かなかった。審判廷で話が出て初めて知った。2番左舷A重油タンクの中にあった鋼管は、和弘丸がY社の所有となる前から同タンク内に放置されていたもので、タンクの底浚(さら)い用携帯式ポンプの吸入管ではないかと推定される。貨物油タンク内面の発銹(しゅう)にも同鋼管の存在にも気付かなかった。」旨の供述

(4) D指定海難関係人の当廷における、「貨物油タンクの外部から見ただけでは内部は分からなかった。同鋼管については自分も気付かなかった。」旨の供述
2 理事官は、和弘丸においては、トムキャットに供給したA重油の分析結果などの水分混入を明らかにする直接的証拠がなく、また、C受審人に対する質問調書中、「トムキャット以外の他船から燃料油に海水が混入していたとの苦情を受けたことはない。」旨の供述記載及びG参事に対する質問調書中、「組合員から燃料油に海水が混入していたなどの苦情は受けたことがない。」旨の供述記載により、和弘丸の貨物油タンクに海水が混入したことを明確に指摘できないが、トムキャットにおいては、高速航行すれば波が甲板上に打ち込んだり、しぶきが甲板上に上がったりして、燃料油タンクのエア抜き管内に塩分を含んだ水蒸気が結露することは十分に起こり得るから、結露によって生じた塩分を含む水滴が同タンク内に浸入して累積した旨を主張する。しかるに、このような論法による主張は、以下の理由によって容認できるものではない。
(1) 結露というものは、トムキャットの燃料油タンクのエア抜き管内だけでなく、大気中の水蒸気密度、大気と接する物質の温度変化等の条件が整えば、どこでも、海上陸上の区別なく起こるものであり、トムキャットの燃料油タンクのみの結露をうんぬんするのは当を得ていない。
(2) トムキャットが平成7年3月に竣工したのち、6番から4番までのコンテナ庫の床の損傷などにより、同コンテナ庫下方の空所にたまった水が燃料油タンク内に浸入し、竣工以来初めて警報ランプが点灯したのが同8年10月で、この期間が約1年半であるのに対し、同9年2月に同コンテナ庫の床の本格修理、燃料油タンクの清掃等を済ませて運航を再開したのち、同タンク内への異物混入により、機付フィルタとユニカスフィルタが異常に詰まりだしたのが同年9月で、この期間は約7箇月にしかすぎないことを、結露によって生じた塩分を含む水滴が同タンク内に浸入して累積したとする主張では説明できない。

(3) H、I両証人の当廷における供述及びJ店長作成の事故報告書写中の記載でも明らかなように、燃料油中には、水分と塩分のみならず、炭化物、金属硫酸塩、鉄を主体とした金属酸化物等も混入していたのであり、この点からも結露によるとする主張は認められない。
(4) C受審人の他船から燃料油に海水が混入していたとの苦情を受けたことがない旨の供述記載及びG参事の組合員から燃料油に海水が混入していたなどの苦情は受けたことがない旨の供述記載に関しては、一般に、燃料油タンク内には結露によるほか、予測不能の事態で水分その他の不純物が混入したり、貯蔵中の変質や異種油の混合などによっていわゆるスラッジ等が生成されたりするから、これら有害物質の存在確認と排出のため、燃料油タンクにドレン弁を設けているのであり、通常の海技従事者にとっては、理由のいかんを問わず、適時同タンクのドレン抜きを行うことは、同タンクを取り扱うに際しての初歩的な常識である。

従って、和弘丸から給油を受けたトムキャット以外の船舶においては、燃料油の性状、燃料油タンクの大小、形状等により、適時燃料油タンクのドレン抜きを行っていて燃料油に起因する支障を生じなかったので、和弘丸に苦情を寄せなかったと解するのが相当である。
3 佐藤恭也補佐人は、トムキャットにおいて、他船との衝突による船体相損傷箇所の修理が不完全であった旨を主張するが、事実の経過で述べたように、平成9年2月にコンテナ庫の本格修理、両舷主機の開放修理、燃料油タンクの清掃及び圧力検査等が行われ、その後本件発生ののちに至るまで、コンテナ庫、燃料油タンク等船体関係の修理は行われず、また、本件発生当時を除いて燃料油に起因する支障を生じていないことから、船体損傷箇所の修理が不完全であったとは認められない。

4 E代表取締役は、自社の責任の範囲内で本件を防ぐことはできなかった旨を主張するが、船舶所有者は、自社が管理する船舶に運航上の支障を生じた場合、その支障が第三者に起因するものと推定されたにせよ、船舶の安全確保のため、自ら必要な措置を講ずる義務を負っている。
従って、燃料油フィルタの異常な詰まりによって主機の回転数低下をきたすという運航上の支障を生じ、燃料油タンク内に多量の不純物が混入していると判断された場合、R社が自らの権限と責任でもって、早急に燃料油タンクの清掃を行っていたならば、本件は発生しなかったと容易に推察されることから、自社の責任の範囲内で本件を防ぐことはできなかった旨の主張は認められない。


(原因)
本件機関損傷は、給油船和弘丸が、船体の整備不十分で、海水や鉄さびなどの異物を少なからず含んだA重油をトムキャットに繰り返し供給したことによって発生したが、トムキャットが、燃料油タンクの取扱い不適切で、異物を含んだA重油をそのまま使用していたことも一因をなすものである。
和弘丸の船体整備が不十分であったのは、同船の船長と機関長が、貨物油タンクの内部やエア抜き管を十分に点検しなかったことによるものである。
トムキャットの燃料油タンク取扱いが不適切であったのは、同船の船長が、同タンクのドレン抜きを行っていなかったことと、燃料油フィルタの異常な汚れによる主機回転数の低下を生じるようになった際、同船の船舶所有者が、同タンクの清掃を行わなかったこととによるものである。


(受審人等の所為)
C受審人は、和弘丸の運航にあたりながら、船体の整備を行う場合、貨物油タンクに海水が浸入したり、著しいさびが生じたりしていることを放置しないよう、同タンクのエア抜き管や内部を十分に点検すべき注意義務があった。しかるに、同人は、給油した船舶などから貨物油についての苦情を受けたことがなかったので、貨物油タンクについては格別の問題がないものと思い、同タンクのエア抜き管や内部を十分に点検しなかった職務上の過失により、同エア抜き管頭部の著しい腐食衰耗や同タンク内面の著しい発銹に気付かないで、海水や鉄さびなどの異物を少なからず含んだA重油をトムキャットに繰り返し供給する事態を招き、同船の主機を損傷させるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

A受審人は、トムキャットの運航責任者として主機の取扱いにあたる場合、燃料油タンクから多量の異物が混入した燃料油を主機に送ることのないよう、日常点検の一環として、同タンクのドレン抜きを行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、定期的に燃料油フィルタのエレメントを取り替えるから必要はないものと思い、燃料油タンクのドレン抜きを行わなかった職務上の過失により、海水や鉄さびなどの異物を多量に含んだA重油を主機に使用し、主機のピストン、シリンダライナ、吸気弁等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人が、A受審人と同様に、燃料油タンクのドレン抜きを行っていなかったことは本件発生の原因となる。しかし、B受審人は、A受審人の指導のもとで、トムキャットの運航に従事しながら機器を取り扱っていた点に徴し、B受審人の所為は職務上の過失とするまでもない。

D指定海難関係人が、和弘丸の給油責任者でありながら、貨物油タンクのエア抜き管や内部を十分に点検しなかったことは本件発生の原因となる。しかし、本件後、同エア抜き管の新替え、上甲板上の全面塗装、同タンク内部の清掃等に努めたことに徴し、同人を勧告しない。
R社が、燃料油フィルタの異常な汚れによる主機の回転数低下を知った際、燃料油タンクの清掃を行わなかったことは本件発生の原因となる。しかし、燃料油の販売元に対して給油船の変更を要請したり、給油船側に供給されたA重油が不良である旨を伝えたりしていたことなどに徴し、R社に対しては勧告するまでもない。
T社が、燃料油フィルタの異常な汚れを知った際、以前にも燃料油タンク内に水が入って主機の損傷をきたしたことがあったから、船舶所有者に対して早期に同タンクの清掃を行うよう助言しなかったことは遺憾であるが、同タンクの清掃を行つかどうか決めるのは船舶所有者の専権である点に徴し、本件発生の原因とするまでもない。

S社が、トムキャットの建造にあたり、ユニカスフィルタと水分離器との相対位置及び燃料油タンクのドレン弁の取付け位置に対する配慮が十分でなかったことは遺憾であるが、燃料油タンクからもユニカスフィルタからもドレン抜きが行れていなかったことに徴し、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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