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1999年(平成11年)

平成9年長審第76号
    件名
漁船第二十二萬生丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成11年1月29日

    審判庁区分
地方海難審判庁
長崎地方海難審判庁

安部雅生、保田稔、坂爪靖
    理事官
上原直

    受審人
A 職名:第二十二萬生丸機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
1番、2番及び3番各シリンダのピストン、シリンダライナ、連接棒等損傷ほか

    原因
主機ピストンクラウン締付ボルトが緩んだことによって発生

    主文
本件機関損傷は、主機ピストンクラウン締付ボルトの回り止め用金具が外れ、同ボルトが緩んだことによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年5月29日12時20分ごろ
東シナ海
2 船舶の要目
船種船名 漁船第二十二萬生丸
総トン数 114.30トン
登録長 29.60メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 661キロワット
回転数 毎分900
3 事実の経過
第二十二萬生丸は、昭和53年8月に竣工した以西・沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で、主機として、ダイハツディーゼル株式会社が同年7月に製造し、シリンダ番号を船首側から順に1番から6番までとした6DSM-22FS型と称するディーゼル機関を備え、平成4年12月からはR株式会社に用船され、一航海に2ないし3箇月をかけ、僚船とともに東シナ海での操業を行っていた。
主機のピストンは、3段のピストンリング溝を有する外径220ミリメートル(以下「ミリ」という。)のクロムモリブデン鋼製ピストンクラウンと、船首船尾両側に設けたピストンピンボス部の上下にそれぞれ1段のオイルリング溝を有するアルミニウム合金製ピストンスカートを、ノックピンによって位置決めし、全長67ミリ呼び径14ミリピッチ1.5ミリのクロムモリブデン鋼製ピストンクラウン締付ボルト4本により、締付トルク8ないし10キログラム・メートルでもって結合した組立型のピストンで、運転中の温度変化やシリンダ内の爆発力による変形を考慮して、同ボルトを締め付けたあとのピストンクラウンとピストンスカートの外側合わせ面のすき間を0.3ないし0.5ミリとし、同ボルトの回り止め防止策として、同ボルトの鍔(つば)部側面の軸方向に設けた半径3.5ミリの半円状の溝に沿って、全長15ミリ呼び径6ミリピッチ1.0ミリの止めねじをピストンスカートにねじ込んだのち、同側面の周方向に設けた半径1.0ミリの半円形の溝の中に内径24ミリ線径1.4ミリのサークリップをはめ込むとともに、同クリップを同ねじの頭部頂面に設けた幅2ミリ深さ3ミリの溝の中に挿入してあった。
また、ピストンクラウンとピストンスカートで囲まれた空間には、テレスコピックパイプから潤滑油が送られてピストンを内部から冷却するようになっており、平成6年7月の定期検査の際、全シリンダのピストンクラウン締付ボルトを取り外して同空間の掃除を済ませたあと、同ボルトがすべて新替えされ、同8年5月22日から開始された中間検査工事の際には、全シリンダのピストン抜出整備が実施され、同空間の掃除は行われなかったものの、同月24日ピストンピンの抜出検査が行われ、ピストン自体はもちろん、同ピン、同ピンのボス部のほか、同ボルトにも異状のないことが確認されていた。
ところで、A受審人は、同月30日主機のピストンやシリンダヘッドが既に組み込まれていた本船に機関長として乗り組み、主機の油だめ及び潤滑油セットリングタンクの掃除、CJCこし器のエレメント新替え等を行って潤滑油約800リットルを新替えし、主機の試運転、各機器の警報保護装置の作動確認等を済ませて翌6月15日中間検査工事を終え、その後、時折主機潤滑油こし器の掃除は行っていたものの、主機警報保護装置の点検を行わなかったので、いつしか同装置が故障し、主機潤滑油圧力の低下による警報の発生も主機の危急停止もしなくなったことに気付かないまま、運航に従事していた。
こうして本船は、A受審人ほか4人が乗り組み、僚船とともに平成9年4月20日長崎港を発し、翌21日鹿児島県奄美大島北西方沖合の漁場に至って中国人船員5人を乗せ、昼夜を問わず僚船と交互に投網しながら操業に従事していたところ、主機2番シリンダにおいて、右舷船首側のピストンクラウン締付ボルトのサークリップが、何らかの理由で止めねじから外れ、やがて止めねじが抜け落ちて同ボルトが緩み、ピストンクラウンとピストンスカートとの接触面にチャタリングを生ずるようになって同面が磨耗し、次いで他の3本のピストンクラウン締付ボルトの締付力が減じてチャタリングがひどくなり、同面の磨耗が一層進んでピストンクラウンとピストンスカートの外側合わせ面のすき間がなくなり、ピストンピンボス部上方のオイルリンク溝がピストンクラウンのたわみによる過大な繰返し圧縮応力を受けて変形し、オイルリングが固着するとともに、同溝の隅に疲労強度の低下による亀裂を生ずるようになった。
翌5月29日本船は、11時15分投網を終え、主機の回転数を毎分約750として南方へ向け曳網中、A受審人が食事をとるために機関室を無人としている間に、前示亀裂が著しく進行したのみならず、ピストンクラウンとピストンスカートとの接触面から生じた金属磨耗粉により、潤滑油こし器が目詰まりして主機潤滑油圧力の異常低下をきたしたものの、同圧力低下の警報が発することも主機が危急停止することもないまま、12時20分ごろ北緯30度東経127度22分ばかりの地点において、2番シリンダのピストンスカートが割損して大音響を発するとともに、1番および3番両シリンダのピストンとシリンダライナとの焼付き、5番シリンダのクランクピン軸受焼付き等を生じて主機が自然に停止した。
当時、天候は曇で風力6の西風が吹き、海上は一面に白波が立っていた。
A受審人は、船首の食堂で食事を終えて休息中、主機の異状に気付き、直ちに機関室に赴いて主機を調査した結果、ターニング不能、2番シリンダの吸気弁弁腕折損、5番シリンダのクランクピン軸受焼損等を認め、主機の運転不能と判断してその旨関係先に連絡した。
本船は、僚船に引かれて長崎港に戻り、1番、2番及び3番各シリンダのピストン、シリンダライナ連接棒等新替えのほか、2番シリンダのシリンダヘッド、吸気弁弁腕、吸・排気弁押棒等新替えを含む主機の総分解修理を行ったが、後日、R株式会社が倒産して売船された。

(原因に関する考察)
本件は、事実の経過で述べたように、止めねじとサークリップで回り止めを施された主機ピストンクラウン締付ボルトが緩んだことによって発生したものであり、サークリップが止めねじから外れさえしなければ、構造上、止めねじが抜け落ちて同ボルトが緩むことはないので、サークリップが止めねじから外れたことが本件発生の基因となる。しかしながら、サークリップが止めねじから外れた原因については、同クリップが疲労強度の低下などで折れるか欠けるかしたことによると考えられるものの、これを究明するための証拠がなくて明らかにすることができない。
また、A受審人が、主機警報保護装置の点検を行わなかったことは、潤滑油圧力異常低下による1番及び3番両シリンダのピストンとシリンダライナとの焼付き等を招いた結果になって遺憾であるが、2番シリンダのピストンが割損に至った経緯に鑑み、同人の所為は、本件発生の原因とならないとするのが相当である。

(原因)
本件機関損傷は、主機ピストンクラウン締付ボルトのサークリップが、同ボルトの回り止め用ねじから外れたため、同ねじが抜け落ちて同ボルトが緩み、ピストンクラウンとピストンスカートとの接触面にチャタリングを生じて同面が磨耗し、ピストンクラウンとピストンスカートの外側合わせ面のすき間がなくなり、ピストンスカートの上部オイルリング溝がピストンクラウンのたわみによる過大な圧縮応力を受けて変形し、同溝の隅に亀裂を生じたことによって発生したものである。
サークリップが同ねじから外れたのは、サークリップが折れるか欠けるかしたことによると考えられるが、その原因を明らかにすることはできない。

(受審人の所為)
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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