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1999年(平成11年)

平成9年神審第76号
    件名
旅客船ニューぼうぜ火災事件

    事件区分
火災事件
    言渡年月日
平成11年1月20日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

山本哲也、須貝壽榮、西林眞
    理事官
岸良彬

    受審人
A 職名:ニューぼうぜ機関長 海技免状:五級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
機関室及び甲板上構造物をほぼ全焼、のち廃船、乗客2人が腰部打撲及び両手挫創等

    原因
主機潤滑油管系の点検不十分

    主文
本件火災は、主機潤滑油管系の点検が不十分で、過給機注油管から同油が漏洩するまま運転が続けられたことによって発生したものである。
受審人Aの五級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年12月19日13時40分
兵庫県姫路港沖
2 船舶の要目
船種船名 旅客船ニューぼうぜ
総トン数 75トン
全長 27.50メートル
幅 5.50メートル
深さ 2.31メートル
機関の種類 過給機付4サイクル8シリンダ・ディーゼル機関
出力 882キロワット
回転数 毎分1,850
3 事実の経過
ニューぼうぜは、昭和59年4月に進水した最大旅客定員270人の1層甲板型FRP製旅客船で、船首甲板後方の船体ほぼ2分の1を占める船楼が、各層の高さいずれも175センチメートル(以下「センチ」という。)ばかりの2層構造となっていて、下段は甲板から床までの深さが約80センチの第1客室に、上段は操舵室及び第2客室にそれぞれ区画されていた。そして、船楼後方の船尾甲板とその上方に設けた遊歩甲板にも椅子(いす)席を設置して旅客搭載区画とし、船首甲板下に倉庫を、第1客室下の空所には燃料油タンクや救命具格納庫を備え、船尾甲板下が機関室と船尾倉庫兼舵機室とに区画されていた。
主機は、昭和精機工業株式会社が製造した8LAAK-DT1型と称するA重油専焼のV型ディーゼル機関2基で、機関室前部両側に据え付けられ、それぞれクラッチ式減速逆転機を介して推進器を駆動しており、操舵室に遠隔操縦装置、計器盤及び警報装置を備え、同室から発停を含むすべての運転操作ができるようになっていた。また、4シリンダずつV形に配列された各シリンダ列の船尾側に、それぞれ過給機を備え、各過給機を出た排気管が主機ごとに機関室側壁近くで合流し、天井に沿って船尾壁左右に設けた各排気排出口まで導かれていた。
各過給機は、石川島汎用機械株式会社製のRHC9型排気ガスタービン過給機で、ロータ軸中央部がジャーナル軸受で支持されており、主機の潤滑油入口主管(運転中の同油圧力、約5キログラム毎平方センチ)から左右の各過給機軸受箱まで、それぞれ逆止弁を介して呼び径12ミリメートル(以下「ミリ」いう。)肉厚1.6ミリの高圧配管用炭素鋼(日本工業規格STS38)製注油管が配管され、同管の一端には管継ぎ輪を溶接して継手ボルトで逆止弁に固定し、他端には内部に通油路を開けたブロック金具を溶接し、軸受箱上面に2本のボルトで取り付けてあった。
ところで本船は、船楼の船尾部が第1客室、船尾甲板、第2客室及び遊歩甲板を順に連絡する昇降階段スペースになっていて、同スペースと両客室はそれぞれ扉で仕切られ、第1客室には前部右舷側に非常ドアを設け、第2客室からは操舵室との隔壁及び操舵室両舷側に設けた各引き戸を経て、それぞれ船首甲板上に出ることができるようになっていた。ところが、船尾甲板下の各区画への出入りは、同甲板上船幅方向ほぼ中央の、機関室前部及び後部並びに船尾倉庫部に、それぞれ設けた約60センチ四方の軽合金製ハッチから行われていた。
機関室は、床から天井までの高さが最大部の中央通路で約180センチ、前後長さが680センチばかりで、主機の後方にディーゼル原動機駆動の発電機が据え付けられ、これらの排気管が天井に沿って配されていたほか、前壁沿い中央にA重油サービスタン久、左舷側に操舵機油圧用潤滑油タンク、発電機の両側にバッテリー、後方に主配電盤や集合始動器盤等が配置されていた。また、同室の通風は、遊歩甲板の船首側両舷にマッシュルーム式電動通風機を各1台備え、運航中は常時給気運転され、各通風口から機関室に入った通気が後壁に設けた左右2本の排気ダクトを通り、舵機室で合流して中央天井付近から船外に自然排出されるようになっていた。
このように、機関室は、比較的狭隘(きょうあい)なスペースに種々の機器類、油タンク等が設置されて室内温度が高く、両排気ダクト入口に持ち運び式電動ファンを取り付け、後部の出入口ハッチは開放したままとして航行中の同温度を下げようと試みられていたが、換気良好とはいえない状態であり、また、持ち運び式消火器が前部両舷側と後壁中央にそれぞれ設置されていたものの、火災警報装置やスプリンクラなどは装備されていなかったので、一旦同室で火災が発生して初期消火に失敗すると、一気に火勢が拡大するおそれがあった。
指定海難関係人R株式会社(以下「R社」という。)は、役員以外に、2人の機関長を含む海上従業員6人と陸上従業員9人とを擁し、本船のほかプリンセスぼうぜ(総トン数177トン、以下「プリンセス」という。)とシーホーク(同18トン)の2隻の旅客船を所有する定期航路運営会社で、過去の実績から1日の乗客数を予め推定し、通常期の週末と繁忙期には主にプリンセス、それ以外の期間は主に本船を使用し、兵庫県の飾磨郡家島町坊勢港と姫路港間を片道約1時間で日に5往復就航させていた。
そして、所有船の安全運航についてR社は、運航管理規程を作成し、社長自らを運航管理者として従業員が遵守すべき事項を定め、各船の機関については、船長の責任のもと、発航前検査を含め毎日1回以上点検して記録することを義務付けていたほか、月に1度程度坊勢港の専用桟橋に着桟中の自社船で、火災発生場所を種々想定し、消火器の使用、乗客の避難誘導、機関室密閉消火などの消火訓練を実施していた。
また、自社船で乗船勤務を経験したのち、平成8年4月取締役専務兼副運航管理者に就任したB代表者が、社長の命を受けて運航管理の実務にあたり、乗組員に対し、運航管理規程を遵守して安全運航に心掛けるよう機会をとらえては指導しており、機関長に対しては、主機始動時は運転状態を必ず点検し、平素機関室の見回りを励行するよう口頭指示していた。
A受審人は、昭和60年R社に入社し、間もなく本船担当の機関長を命ぜられ、月当たり8日休日の就労体制に従い、その日の運航船に乗り組んで機関の運転監視にあたっていた。そして、朝の始業時に主機を始動する際は、必ず機側で始動して周囲を点検し、異状がないことを確認して同機を停止したうえ操縦位置を操舵室に切り替え、以後各港入出港時は船尾配置について主機発停は船長に任せていた。
ところが、朝の始動時以外の主機の点検についてA受審人は、当初は各港出港の度に1度は機関室に入って見回るようにしていたが、特に異状事態を発見することもなかったので大丈夫と思い、徐々に点検頻度が減って日に1ないし2度機関室に赴くだけで長時間同室を無人とするようになり、航行中は操舵室の椅子席で、船長の見張り補佐を兼ねながら計器盤により主機の監視を行い、また、機関室見回りの際も、簡単に周囲を見回るものの、主機潤滑油管系等に漏洩(ろうえい)箇所がないか、入念に点検していなかった。
ところで、右舷主機付き左舷側過給機の潤滑油注油管(長さ約750ミリ)が長年にわたる振動の影響を受け、軸受箱入口のブロック金具への溶接箇所に微小亀裂が発生して同油がわずかずつにじみ出し、漏洩箇所が中央通路から反対側で、上方からのぞき込まなければ見えない位置であったが、漏洩量が徐々に増加して注意深く点検すれば発見できる状況となっていた。
平成8年12月19日、当日は風が強かったので、運航予定となっていた本船に替え、舵を調整する予定が組まれていたプリンセスが運航されたが、風が弱まったことから、上り3便から本船が運航されることとなった。そして、11時15分坊勢港の専用桟橋に首桟中の本船機関室で、A受審人が主機を始動して周囲を簡単に見回ったが、点検不十分で、前示過給機注油管からの漏洩量がかなり増加していることに気付かないまま同室を離れた。
本船は、同日11時20分坊勢港を出港して12時15分姫路港に入港し、同時18分主機を操舵室で遠隔停止のうえ乗組員が食事休憩をとり、のち13時ごろ出港準備に取り掛かり、同時15分船長が操舵室で主機を始動した。
船尾の出港配置に就いたA受審人は、坊勢港出港前に主機を点検しただけで、以降機関室を無人としたままであったが、出港配置解除後船尾甲板からそのまま操舵室に上がり、主機の運転状態を点検しなかった。
こうして本船は、A受審人ほか3人が乗り組み、乗客54人を乗せて13時20分姫路港飾磨区の岸壁を発し、すぐに両主機の回転数を毎分1,400(以下、回転数は毎分のものとする。)ばかりに上昇させて坊勢港に向かったところ、前示亀裂が急速に進行し、船首側上方の過給機タービンケーシングに向けて潤滑油が噴出する状況となり、同時25分ごろから同回転数を1,700に増速して全速力で航行中、断熱材の隙間(すきま)に入った潤滑油が、高温となった同ケーシングに接触して着火し、13時40分鞍掛島灯台から真方位336度2.4海里の地点で、周囲に付着した潤滑油等が炎上して火災となった。
当時、天候は晴で風力4の西北西風が吹き、海上はやや波があった。
操舵室で操船にあたっていた船長は、乗客からの通報で後方を振り返り、客室の窓越しに多量の黒煙が上がっていることを認めたので、隣の椅子席に座っていたA受審人を機関室に急行させ、周囲の状況を確認のうえ、主機及び発電機を緊急停止した。
また、機関室前部の出入口ハッチに急行したA受審人が、隙間から煙が上がる同ハッチを少し開けたところ、火炎が吹き出したので驚いて閉鎖し、操舵室に引き返してその旨船長に報告したうえ、再び戻って後部のハッチを閉じた。
この間に本船は、甲板員が乗客を船首甲板に誘導し、煙に気付いて来援した貨物船等に移乗させ、乗組員も全員乗り移ったうえ火勢が衰えるのを待った。しかしながら火の回りが早く、機関室天井材等に着火して火勢の衰えないまま、間もなく甲板上構造物に延焼して炎上し、次々と来援したタグボート、漁船、消防艇等の放水活動により、17時過ぎようやく鎮火したが、機関室及び甲板上構造物をほぼ全焼し、救援船に移乗する際に乗客2人が腰部打撲及び両手挫創等を負い、のち本船は廃船とされた。

(原因)
本件火災は、主機を始動した際及びその後の運転中、潤滑油管系の点検が不十分で、過給機注油管に生じた亀裂から同油が漏洩するまま運転が続けられ、亀裂が進行して同油が噴出し、過給機タービンケーシングに接触して着火したことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
A受審人は、主機の運転管理に当たる場合、航行中無人とすることが多い機関室で、潤滑油管系に亀裂が生じて進行すると、同油が噴出して高温部と接触し、火災となって一気に拡大するおそれがあったから、早期に発見して対処できるよう、できるだけ頻繁に機関室を見回って潤骨油がにじみ出している箇所などがないか、同油管系を十分点検すべき注意義務があった。ところが、同人は、特に異状事態を発見することもなかったので大丈夫と思い、朝の始動時のほかは日に1ないし2度主機の周囲を簡単に点検するだけで、潤滑油管系を十分点検しなかった職務上の過失により、過給機注油管に亀裂が生じて潤滑油が漏洩していることに気付かないまま運転を続け、本船機関室火災を発生させて同室及び甲板上構造物をほぼ全焼し、また、乗客2人に負傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
R社の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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