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つまり、私たちは社会全体として死に直面している人たちをどれほどあたたかく見守ることができるか、これはある意味で私たちの社会や文化を評価する一つの大切な尺度になると思います。ですから、そういう意味でもこのホスピスというテーマは、私たちがどういう二一世紀の日本の社会をつくりたいかを考える大切な課題なのです。そのためにはどうしても教育が必要になります。

そこで、「死への準備教育」は次の四つのレベルで行う必要があります。まず第一は知識のレベル、しっかりした知識を身につけるということ。これはどの教育もそうですね。そして第二は価値観のレベルです。たとえば脳死を死として認めるかどうか、臓器移植や安楽死、人工的延命についてなどは単なる知識や技術だけではなくて価値観が入ってきますね。

第三は感情のレベルです。私たちがなぜ死をタブー化したかというと、死に対する恐怖や不安の感情が強いからでしょう。ですから感情レベルも考えなければいけないのです。

第四の技術レベルでも末期患者の具体的ニーズをよく理解して、どういうふうによりよいターミナルケアを実践するかということを考えます。

日本の医者や看護婦は大変熱心に末期医療について勉強していますね。 しかし、一般市民の側でも、もっと勉強しないと理想的な末期医療はありえませんね。ですから、今日のような集まりの一つの大きな意義は、社会全体として、医療従事者だけではなくて市民もちゃんと心の準備を整えることが必要だということです。これから二一世紀に向かって、私たちはみんなで人間らしいい死に方とはどうことかと、いろいろ学ぶべきですね。私も末期癌の患者に頼んで、上智大学のセミナーで話しをしてました。10年ほど前の一人は鈴木裕子さんでした。乳癌が再発し35歳で亡くなりました。彼女はセミナーのシンポジスとして 800人の医者や看護婦の前で自分の患者としての苦しい体験を話してくれました。そして40日後に亡くなりましたが、死ぬ前に何回も言っていたそうです。「少しは他人の役に立つことができてよかった」と。これは大切なキーワードですね。彼女の率直な訴えを聞いて感動した医者や看護婦の多くは、それからは末期癌患者の気持ちをもう少し理解しようと努めるでしょう。その姿勢からもっとあたたかいターミナルケアが実践されるようになることを私は願っています。

 

 

 

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