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その奥さんは、ご主人のために、昔行った教会を思いだして、牧師さんを訪ねていったところが、心が洗われるような説教を聞いて、主人にこの御言葉を伝えたいといって、その牧師さんを病床に呼んで、そうして主人の気持ちがしずかになるような、そういうような配慮をした。じつにしずかにそのご主人は亡くなられました。私は、雨の中、夜遅く告別の式にまいりました。奥さんは、お葬式が済んでから、「先生、こんなにうれしいことはないですよ。主人が本当に心が平和な気持ちで、あの苦悶した主人が『あと、まかせるよ。天国で待ってるよ』と言って死にました」という。私はその話を聞いて、この試練に耐えた奥さんのすばらしい信仰と、ご主人に対する愛情に対して、本当に教えられたわけであります。私が死ぬようなときに、そんなに潔くできるかどうか自信がありません。しかし、私たち医療関係者には、死んでいく患者さんが、どのように最後を生きたかということ、死に成長していったかというその生き方が現実に示されるのです。そういう意味において、そういうチャンスの多い医師や看護婦や、医療関係者は、本当に幸いだと思います。ひとの人生を私の人生にいただくわけでありますから。

ここに多くの医療関係の人がいます。私も何人もの人の死に立ち合うことにより、何人もの人の苦しみ、心の苦しみや経済的な苦しみを聞くことによって、私はヨブのように、もう何百年も長生きをしたような精神的な糧を与えられている。私たちはいくら忙しく働いていても、そのことによって私たちが教えられるような職業というのはそんなにはないわけです。そういう意味において、このような職業を皆さんが、選んだことに対して、あるいはそのような職業でなくても、ボランティアとして皆さんの近くにいる人のために奉仕をすることができるということは、何と幸いなことでしょう。

私たちの命というものは与えられたものです。私たちの努力で獲得したものではないのです。私自身が与えられたものだから、私たちはそれを返さなくてはならないのです。返さなくてはならない――私たちがそういうふうなことを感じるときに、これからの私たちの生活をどうすればいいか、私たちのこのすばらしい地球に生まれたということを感謝することにどのように私たちは反応すべきか。つまり、私たちがどう生きるかということを各々が問われているのではないでしょうか。「人生というのは何だろう」というように考えるのではなしに、私たちがどう生きるかということが問われているのだということです。このことはフランクルが書いたアウシュビッツの記録『夜の霧』に厳しく問いかけられております。

どうか皆さんが生産的な仕事をやってほしいと私は申し上げたい。死に向かって成長するということは、皆さんの生き方が自然に外に出てくるということでもあります。

 

 

 

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