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それより私の心の中には矛盾する幾つもの思いが渦巻いていて、それらに複合的に駆り立てられるようにして解剖していたといった方が正しい。

解剖学実習に携わる者の態度としては的外れかもしれないが、以下自分がどんな思いで実習に臨み、何を得たかについて書きたいと思う。

まず、私は御遺体に対する感謝の意というものがはっきりと自覚できなかった。自分が解剖させてもらえるのも、全てはこの方の生前の好意から始まっていることなのに、何故何も感じないのだろうかと思うと、心苦しかった。毎回その方のことを考え、心の中で話しかけてみる時間をもっていたが、何も納得できるような答えは得られず、いつも自分を白々しく思っていた。他者(献体された方)への想像力の限界(欠如)を感じた。すなわち目の前にあるのは七十四年間その方の魂を宿していたかけがえのない一つの肉体ではあったけれど、そこからその方の魂まで思いは及ばなかったのだ。生前お会いすることのなかったその方の死後に、肉体を解剖させていただくという深い縁になる出会いの不思議さに戸惑わずにはおれなかった。一生懸命やれば、この申し訳なさを埋め合わせられるだろうか、何かつかめるだろうか、と焦りを覚えることは解剖への動機づけの一つとなったのは否めない。

一方で、自分がこのように解剖に対して感情的に取り組んでしまったことの妥当性に自信をもてないでいたりもする。

 

 

 

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