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まず第一に、侵害犯の事例として、[事例1]「Xが公海上でA国船舶内から日本船舶内にある者Bに対して殺意をもって銃撃したところ、弾丸がBに命中してBが死亡した場合」は、行為地(A国)及び結果地(日本)共に犯罪地となるので、我が国の刑法が適用されXは殺人罪として処罰される。

第二に、未遂犯の事例であるが、[事例2]「Xが公海上でA国船舶内から日本船舶内にある者Bに殺意をもって銃撃したところ、弾丸はBに命中しBは負傷した場合」は、行為説によればA国だけが犯罪地ということになるが、遍在説によれば負傷したBに「生命侵害の具体的危険」が発生しており、このような未遂の結果も結果の一部と解して我が国も結果地となり、Xには殺人未遂罪が成立すると解される。問題は、[事例3]「Xが公海上でA国船舶内から日本船舶内にある者Bに殺意をもって発砲しようとしたところ、A船内でこれを発見したCがけん銃をたたき落とした場合」であり、このような場合にBに殺人の具体的危険が発生しているとしてXに我が刑法の殺人未遂罪を適用することには疑問の余地がある。もっとも、ドイツでは、刑法9条1項で「行為者の表象によれば結果が発生するはずであった場所」も犯罪地とされているが、そのような立法態度に対しては遍在説の不当な拡大であるという批判がある(47)

第三に、具体的危険犯の事例として、[事例4]「A国貨物船が領海外の海域で過失により積荷の木材を大量に流出し、船舶交通の輻湊する我が国の領海内に木材を漂流させた場合」については国内犯として処理することに消極的な見解もあり得る。しかし、刑法129条2項の業務上過失往来危険罪は、業務者が「過失により、艦船の往来の危険を生じさせ」たときに成立するが、「往来の危険」の発生を明文で要求する具体的危険犯であり、「往来の危険」は本罪の結果であるといってよいと思われる。そして、判例・通説によれば、往来の危険は衝突、覆没等の災害に遭遇する可能性のある状態を生じさせればよいとされているので、船舶交通の輻湊する領海内で木材が漂流している状態は付近を通行する船舶に衝突等の危険を生じさせたといえるので日本も犯罪地であり、我が刑法が適用できる余地もあると思われる。

 

 

 

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