日本財団 図書館


黒潮大蛇行の前駆現象としての小蛇行

 

黒潮直進時に紀伊水道に恒常的に低気圧性の渦が存在することの傍証としては、紀伊半島の南西海岸に見られる「振り分け潮」(TAKEUCHI et al.,,1998a, 1998b,UCHIDA et`al.,1999)の存在が上げられる。振り分け潮の流速水平分布の1例を、三重大学の観測船勢水丸のADCP観測(1997年6月24-25日)からFig. 11 に示す(TAKEUCHI et al., 1998b,UCHIDA et. al., 1999)。このときの黒潮は直進路を取っており、黒潮強流部は潮岬に接していた。この分布図から分かるように、振り分け潮の東部の東流部分は黒潮の流れそのもので構成されていると考えられる。振り分け潮の西部の西流部分については観測資料が少なく確言することは困難ではあるが、Fig. 5 の左図(Oct.16-31)や、Fig. 10 の流速場が振り分け潮の存在を示唆していることから判断して、紀伊水道内の低気圧性の渦と密接に関連していると考えるのが自然であろう。

TAKEUCHI et al.(1998a)は、ほぼ100mの等深線に沿った岸に平行した線上で1988年から1996年までの期間に258回行われた和歌山県水産実験場の観測船わかやまのADCPの観測資料を解析して、振り分け潮の出現頻度が70%にも達することを示している。また、その出現頻度が黒潮流路の位置に関係し、大蛇行時には低く、直進路の時に高いことが示されている。また、黒潮流路が安定した直進路を取っている場合には、振り分け潮の構造も安定しており、変動が少ないことが示される(UCHIDA et al., 1999)。この結果は、黒潮が直進路を取っている時には、紀伊水道内の低気圧性の渦がほぼ恒常的に存在することを示唆している。

1986年の大蛇行発生の直前に小蛇行が東進し潮岬沖を通過する際に、紀伊水道内の低気圧性の渦が消滅し、高気圧性の渦が出現したことは先に述べた(Fig. 6)。1997年10月29-31日に行われた三重大学勢水丸によるこの海域の観測時は、大蛇行の発生につながらなかったが、東進する小蛇行が潮岬を通過したために黒潮流路が一時的に離岸した時に当たっていた。この時には、振り分け潮は観測されず、流れは岸沿いの線上でむしろ収束する傾向を示し、Fig. 6 と非常に似た海況が出現した。潮岬付近の黒潮流路の位置、振り分け潮、紀伊水道内の低気圧性渦の間には明確は相関があると考えられる。

大蛇行発生直前の紀伊水道で発生する新しい小蛇行の発生と発達に、直進時に恒常的に存在する紀伊水道内の低気圧性の渦が影響することは十分考えられる。Fig. 10において、土佐湾内にも低気圧性の渦があり、この渦が室戸岬周辺で新しい小蛇行を生み出すきっかけを作り出す可能性は否定できない。しかし、黒潮流路は一般に室戸岬にそれ程接近することはなく、土佐湾での渦は紀伊水道内の渦よりも変動性に富むようで(例えば、藤本、1987)、その可能性は大きくないと考えている。黒潮直進時にも遠州灘沖には、南北スケールが小さいながらも低気圧性の渦が恒常的に存在している。小蛇行が潮岬を通過した後、さらに大蛇行に発展する際、この遠州灘に元々存在している低気圧性の渦とどのような相互作用を持つのかについては殆ど研究されていない。沿岸水位の変化特性と併せて、今後さらに検討すべき問題であろう。

 

5. おわりに

黒潮大蛇行の発生の引き金として、「都井岬沖で発生した小蛇行が東進し、潮岬を通過すると同時に急速に発達する」ことが従来からいわれてきた。しかし、小蛇行が、その形を保存したまま東進するのではなく、東縁のみが東進し、黒潮は都井岬付近からほぼ真っ直ぐ東流するようになり、都井岬から室戸岬ないしは潮岬までの広範囲で陸岸を離れる形を取る。その後、東西に引き伸ばされた蛇行の東端が切り離される形で紀伊水道沖に東西幅の小さい小蛇行が発生し、発達する。この小蛇行がさらに東進し、潮岬を通過して黒潮大蛇行を引き起こすと考える方がより合理的である。ただし、この考え方にしても、黒潮流路の変遷を追うために利用できる観測資料が十分でなく、今後さらに検討していく必要がある。1998年5月末に大蛇行の発生(発生の初期から蛇行路は伊豆海嶺を横切っており、典型的な大蛇行の形態はとらなかったが)が見られている。この直前における黒潮流路の変遷をFig. 12 に示すが、ここで述べて来たと同様の流路の変遷が見られる。このように人工衛星資料を含めて、海洋観測資料は従来になく充実しつつある現在、ここで述べた推論が、大蛇行の発生を含めた今後の黒潮変動の研究に何らかの示唆を与えることが出来れば幸いである。

 

謝辞

この研究を通して種々の有益な討議をいただいた三重大学小池隆教授・森川由隆助手および和歌山水産試験場の竹内淳一氏に感謝の意を表します。また、資料整理や作図等に多大の協力をいただいた海洋情報研究センターの田島敬子氏ならびに鈴木亨博士に感謝いたします。さらに、貴重な資料をお借りした第5管区海上保安本部水路部の方々に心からお礼を申し上げます。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION