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エッセイ イタリア音楽を訪ねて

瀬木博基 Hiromoto Seki

 

私にとって音楽はイタリアを楽しむ一つの大きい材料である。

イタリア第二の都市ミラノは経済の中心であるだけでなく音楽活動の中心でもある。言うまでもなくその焦点はスカラ座だ。市役所の筋向いのスカラ座はその名声の割には比較的地味に見える建物だが、中に入るとさすが世界の名オペラハウス、オーケストラ席に立つと5階全てのボックス席から見下ろされて圧倒される。スカラ座こそイタリアオペラの中心であり、多くのオペラ作曲家はここでその名声を確保し、世界中の歌手がこの舞台に上がることに誇りを感じてきたのだ。最近ではスカラ座の公演数が随分減少してしまったが、私も出張がうまくオペラ公演とかち合うとスカラ座に駆けつけることにしている。

オペラと言えばヴェローナのローマ円形劇場の夏の野外オペラがきわめつきだ。約2000年以前に出来たこの劇場では7〜8月に5万人近くの観客をほぼ毎日の公演に集めるが、これこそ世界最大級のショウだろう。その中でも最高のプログラムは舞台の規模から言ってもやはり「アイーダ」だ。私も昨年7月末「アイーダ」見物に出かけたが、ローマ人が格闘技を見物していた円形劇場にしつらえられた大きな舞台と、そこに展開される古代エジプトの物語が微妙にとけ合って、自分もその中に引きずり込まれる思いになっていった。もしかすると第2幕の凱旋の場面では象が舞台に出てくるのではないかというあまり芸術的でない期待は、馬の出場で裏切られたが、劇場を埋める大観衆の歓声と寛大に認められている写真のフラッシュが終始止まらないところをみても、誰もが満足したようだった。でもこの野外オペラもなかなかの曲者である。私の行った数日後、「トスカ」公演の際降雨となり数回中断のあと、とうとう最後までやりきれずに中止となってしまったそうだ。カヴァラドッシが「星は光りぬ」を歌って上を見上げると雨水が降りつけ、しかもトスカが身を投げないとあっては何ともしまらない舞台で、さぞかし観客は見も心も湿ったまま帰ったことだろう。

同じ野外のオペラ公演に、地中海側のトスカーナ州のピザ近辺のトルレ・デル・ラーゴという小さな街で夏に行われるプッチーニ・フェスティバルがある。劇場は湖に突き出した2500名収容の、屋外劇場としては比較的小ぶりだが、開演後次第に暗くなっていく背景の湖がオペラに何ともいえない興味のある舞台効果を与える。昨年8月の「トゥーランドット」の公演の折、舞台の紫禁城の入り口から霧が出てきて謎めいたこのオペラを一層趣深いものとしたが、なんとその霧が背後の湖から沸いて出たものとわかり、一層観客をわかせた。この劇場から100メートルも行かないところにプッチーニが逝去した家があり、現在でも子孫の老夫婦人が管理されておられる。家にはプッチーニが使っていたピアノのも家具も置いてあるが、一番興味を引くのは家の中にプッチーニのお墓があることだ。何でもイタリアの法律上お墓を家の中に設けることは禁止されているが、プッチーニの功績に鑑み唯一の例外として本人の希望通り家に葬られたのだそうだ。もっとも、埋葬された部屋は小さな教会に改造されたので合法との説明を受けた。

ヴェニスはイタリアの名所と言うよりは世界の宝石といってもよい水の都だが、ここも音楽と切り離せない。ヴェニスと切っても切れない音楽はなんといってもヴィヴァルディだ。ヴェニスも十分そのアピールを知っていて、ヴィヴァルディを中心としたコンサートをほとんど1年を通じて古い教会で催している。私もこの大晦日は、観光客気分で行ってみたが、16世紀の教会の荘厳な雰囲気と、18世紀の衣装を着た演奏家の意外にレベルの高い技量にすっかり圧倒されてしまった。

 

 

 

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