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ルチアーノ・ベリオの創造世界へ

有田栄

音楽学

白石美雪

音楽学

沼野雄司

音楽学

 

一見キツネ、実はモグラ?

白石●今日はゲストに若手の優秀な音楽学者の有田栄さんをお迎えして、コンポージアムの企画に協力している沼野さんと私の3人で、ベリオの音楽の魅力に追ってみたいと思います。有田さんは修士論文のテーマにベリオの音楽を取り上げたわけですが、とくにベリオのどんなところに魅かれたのですか。

有田●私が最初にベリオのことを知ったのは、NHK-FMで放送されたミュージカル・シアター《聞き耳をたてる王》(84年、ザルツブルク音楽祭にて上演)を聴いた時でした。すごくショックを受けて、「どこからこんな音が出てくるんだろう」と、何度も何度も聴いてみたんです。それから、他の曲、特に声の作品をもっと知りたいと思って、声楽曲を中心に聴いていったら、「私の胸にコンタクトマイクをつけると、こういう音がするんじゃないか」という音楽に思えたんですね。《キャシーのリサイタル》なんて、「なんだこれ、いつも私がやってることじゃない?」と思って。

沼野●有田さんは、一体どういう生活を……?(笑)

有田●だからまず学問的な興味より先に、感覚的に魅かれたという感じです。研究を始めた時も、音楽史的な位置付けを考えてと言うよりは、彼の思考のあとをたどっていくという形で入っていきました。作品を解きほぐそうとすればするほど、ああ、これも知らなきゃいけない、あの視点からも考えなきゃ、という感じで、底無し沼みたいにはまってしまいました。

沼野●なるほど。それに比べると僕の場合は、もう少し音楽史的な興味からベリオに入った方でしょうか。というのも、60年代末から70年代にかけての文化状況の変化に対して、ベリオのように敏感に反応した作曲家は、あの世代にはほとんどいないように思うのです。モダニズムの先端に位置しながら、もはやモダニズムが立ち行かなくなっていることをいち早く作品で示したという……。月並みですが、やはりその意味で《シンフォニア》(68-69)は重要な作品だと思います。音楽語法の面から言えば、特に後半の2つの楽章は、シンプルながらも効果的な書法が用いられていて、彼の70年代以降のスタイルを先取りした感があります。

白石●《シンフォニア》は、やはリベリオを象徴する作品ですね。最初に聴いたのはブーレーズが指揮をしているCDでスウィングル・シンガーズが歌っていた4楽章版の録音だったのですが、まるでおもちゃ箱の中をのぞいているみたいに楽しかった。キング牧師(作曲の年に暗殺された黒人運動指導者)の名前を歌う第2楽章の、なんともいえない美しさ。それから、あの引用でいっぱいの第3楽章!いまのことばでいうと「リミックス」のセンスだと思うんだけれど、いろいろな音楽が重なりあっているのに、すごく気持ちのいいテンポで流れていく。楽譜を見たら、まるで迷宮をさまよっていくようなおもしろさがあって、こういう音楽を書くのはどういう人なんだろうと興味がわきました。

もう一方で、自己完結しないおもしろさというのか、作品がひとつの世界を作りながらも、現実の社会とつながっていたり、過去の作品とつながっていたりというように、常に何かしら他者との回路を持っていますよね。《シンフォニア》もそうで、たとえば社会との関わりという点でいうと、キング牧師の名前が使われたり、ソルボンヌの壁に書かれた十月革命のスローガンをオノマトペ(擬声語)にしたり、構造主義(当時、ヨーロッパで最も勢いのあった哲学思想)を代表するレヴイ=ストロースのテクストを用いたり…驚くほど多彩な要素が当時の世相と結びついている。まさに時代を映す鏡になっているんですね。

ベリオには色々なタイプの作品があるし、カルヴィーノ(作家)やエーコ(記号学者)と親しくて幅広い知的バックグラウンドをもっているし、それを作品にどんどん吸収できる人なので、「雑食動物」と言われたこともありましたけれど、それについてはどうですか。ベリオ自身はそう言われることをだいぶ嫌がっていたそうですけれど。

 

 

 

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