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この時に坂田先生が測ってくださったら、2600メートルということで、坂田先生も驚いたし、われわれも2600メートルの滑走路ができているということで仰天して、これはエライことだという話になりました。

実はこれをやる前に、「ほんとうにそれがあるのでしょうね。金がかかるんですからね。金をかけて、なかったら大変ですから」と浜本が言った。私は「絶対に大丈夫」と言ったんですが、その根拠にしたのはこの写真です [写真3:香港の新聞に載った軍隊の写真] 。

中国が領海法を制定したのが1992年の春ですが、それ以後かなり露骨な活動が始まります。それまでも露骨な活動をやっているわけですが、そのころから西沙に滑走路ができたらしいという情報があったときに、それとなく中国が、これも中国の一つのやり方であって、香港に『文わい報』という左派の大陸系の新聞がありますが、その新聞にこの写真が載ったのです。さりげなく出たのです。それを私が見て、これは西沙の滑走路だということで、非常に重視しました。その時この新聞を送ってくれたのは、当時の産経新聞の香港支局長でした。ご参考に、先生の何かの研究にお役に立てばということで送ってきたんですが、とんでもない、お役に立つどころか、西沙の飛行場ではないかといって、産経新聞に報道しろと言ったんだけれど、載らなかったんです。それを、浜本が来たので、「間違いなくこれがそうだから、絶対大丈夫だからやろう」といってやったわけです。これを見てわかるように本格的な滑走路です。

私たちもこれをやってみて、実際に滑走路があるとなると、人間の欲でもうちょっと詳しく知りたいね、となったわけですが、坂田先生はそれは駄目よ、細かなところを見るのは、ランドサットとかフランスの衛星でなければ駄目ということだったのです。それからもう一つは、比較的金がかかる。まともにやったらものすごく金がかかるけれど、非常に安上がりで済んだ。読売は金を出しているけれど、私は坂田先生に頼み込んで、研究資料としてただでもらったんですが、読売はなにがしかの金を払った。しかし大したことはなかったようです。

 

4:西沙の滑走路の写真

 

それでわれわれは大いに気をよくして、一体いつできたか確認できないかということで、坂田先生に相談して、遡ったのがこの写真です [写真4:西沙の衛星写真、滑走路が見えない] 。これは1987年です。いま滑走路が写っているのが1989年6月ですから、ほぼ1年間で、だいたい2600メートルの滑走路をつくったということですね。中国の能力については、過大評価する人も過小評価する人もいますが、どういうやり方をとったにしろ、そんなに大きな補給線もない、大した能力もないところに、1年間でこういう滑走路をつくった。少なくともこの写真に見る限りはかなり本格的な滑走路であることは間違いない。ということで、海洋での土木能力、輸送能力は、いくら人海戦術でやったにしても、かなりの能力があると見なければならないだろうと思いました。

後から申しますが、これをやっていた時期に、中国は南沙諸島に出て来ているわけです。ということは、西沙と南沙という二つの海域において、かなり大規模な土木工事ができる能力を持っているということになるわけです。

 

 

 

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