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文学散歩

海の文学への旅

第6話 平家物語I

〜一の谷渚の悲話〜

尾島政雄(おじままさお)

岡安孝男(おかやすたかお)画

 

●おごれる人も久しからず

 

祇園精舎の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり。婆羅双樹の花の色、盛者(じょうしゃ)必衰の理(ことわり)をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵(ちり)に同じ。…

名調子で時代を超えて語り継がれた軍記物の白眉『平家物語』です。

平安の貴族社会から武家社会へと大きく転換する時代のはざまにあって、権勢の頂点にかけあがった平清盛の栄華と、「おごれる人も久しからず」一門の滅亡までを余すところなく活写して哀惜の無常感を訴えた物語全十二巻です。琵琶法師の語る平曲の調べに乗って物語りは全国に広まり、聴く人々はひとしく人生のはかなさに身を震わせるのでした。

平清盛、木曽義仲そして平家滅亡に追いこむ源義経の動きを縦軸に、数多くのエピソードを彩りにして盛者必衰、因果応報の世界を展開していきます。

……六波羅の入道前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人のありさま、伝え承るこそ、心もことばも及ばれね。

 

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想像することも言葉にも言い尽くせないほどに権勢の頂点に達した清盛を中心に一門が繁栄に酔うことから物語りは始まります。しかし栄華のかげにしのび寄る平家打倒の動き。熱病で没した清盛の死を期にひたひたと迫る源氏の姿。わけても、衰運に向かう平家に追い討ちをかけたのは、倶利迦羅峠に圧勝し京に入った木曽義仲です。平家はついに西国へと追い払われます。平家一門の栄華とは何だったのでしょうか。『平家物語』は「ただ春の夜の夢のごとし」と綴ります。

京で横暴を尽くした義仲の勢いも束の間、同じ源氏の義経に討たれます。後年、義仲の心情に深く感じた俳聖芭蕉、今は共に滋賀の義仲寺に眠っています。“木曽殿と背中あわせの寒さかな”これおしも無常というものでしょうか。

さてこれからが『平家物語』最大の山場です。名将義経に率いられた源氏軍は、やや勢いを回復した平家軍を次々に破ります。

舞台は波静かな瀬戸内。追う源氏、迎える平家―源平の死闘に、さすが紺碧の海も血で赤く染まるのでした。寿永三年(一一八四)の二月のことでした。

 

●敦盛渚に死す

 

ここは一の谷(神戸市須磨区)。陣をかまえた平家勢ですが、義経軍の鵯越(ひよどりごえ)の急襲であえなく敗北、渚から海に浮かぶ船に逃れようと算を乱します。

いくさ破れにければ、熊谷次郎直実、「平家の公達(きんだち)、助け船に乗らんと、みぎは方へぞ落ちたまふらん。あっぱれ、よからう大将軍に組まばや。」とて、磯の方へ歩まするところに、……

と、『平家物語』はこの一の谷の合戦で討ち死にした若き平家の貴公子の最期を描きます。

 

 

 

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