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エッセイ 老いのつぶやき・胸の内 本間郁子

 

特別養護老人ホーム編[11]

どうか私を追い出さないで

 

「こんにちは。元気ですか。今年はあったかいですね」とNさんの隣のイスに腰掛けながら声をかけると、うれしそうに笑顔で応えてくれた。いつも20分ぐらいは、座って話をする。しかし、今日のNさんの様子はちょっと変だ。私が、話しかけても「うん」とか「そうなの」とか言うだけで話が途切れてしまう。いつもは話している間ずっと笑顔でいるのに、今日は、むずかしい顔をしていて疲れているようにも見える。しばらく2人で黙って目の前のテレビを見ていると、突然Nさんが真面目な顔をして、「あなたは、介護保険のことをよく知っているでしょう?」と聞いてきた。「ええ、だいたいのことは」と答えると、「私、このホームから出されるのかしら。この中で、私が一番元気だし出されるとしたら、私が一番最初だと思う」と言って暗い顔になっていくのがわかる。何か様子がおかしいと思ったのは、このことが気がかりになっているからだった。

私はNさんに、「介護保険が導入されても、5年間はホームにいられるのだから、今はまだ心配することないわ」と言ったものの内心、心配せずにはいられないNさんの心中が痛いほどよくわかる。

さらに、Nさんは、「5年後はどうなるの。今でも1年に2〜3回は10日ほど腰痛で動けなくなるときがあるのに、とても一人では暮らせない。ヘルパーさんが来てくれるといっても夜中はどうずればいいの。それに、寂しくっていられないと思う」と不安そうに言う。

 

 

 

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