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エッセイ 老いのつぶやき・胸の内 本間郁子

 

特別養護老人ホーム編 10]

私の「家」は特養ホーム

 

「本来、私は明るい性格なのよ。にぎやかで楽しいことが好きなの」と、笑顔で話すTさんは74歳。べージュのブラウスをきちんと着て、胸元からは品のよいピンクの5連の淡水パールが見える。髪はきちんとくしが通り、黒く染め、おしゃれに気を使うTさんは、実際の年齢よりも5歳ほど若く見える。特養ホームで、明るく、楽しそうな人に会うと本当にうれしくなる。しかし、Tさんは、入居したころはそうではなかったという。

68歳のとき脳梗塞にかかり、半身まひと言語障害になった。リハビリを必死になってやり、言葉は何とか人に伝えられるまでに回復した。しかし、歩くことはできなかった。それから、3か月おきに病院を出され、こんな状態がいつまで続くのかと不安と疲れでうつ状態になった。入院が2か月を過ぎると次の病院をどうやって探すのかからはじまり、看護婦さんの良し悪しも気にかかり、自分ではどうすることもできず、睡眠剤を飲まなければ眠れない状態になった。特養ホームには、ずっと同じ所にいられるという条件だけで入ったという。入れてもらえればどこでもいいと思ったが、竹やぶの中にあるこのホームに入った時は、寂しくてたまらず、泣きどおしだった。朝、涙でシーツがぬれ、目が覚めるとニワトリの鳴く声が聞こえ、余計に寂しさを感じたという。

気持ちはどんどん落ち込み、死んだほうがいいと思ったという。今思うと異常な行動をしていたとTさんは振り返る。コールを押しても介護職員が来てくれないと、どうせ私は捨てられたのだ、誰にもかまってもらえないのだと、コールを引きちぎったり、枕を壁に投げ付けたりした時もあったという。

 

 

 

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