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エッセイ 老いのつぶやき・胸の内 本間郁子

 

特別養護老人ホーム編 9]

人間の尊厳を失う費用負担の重さ

 

大正12年生まれで今年76歳になるTさん(男性)が、「夢みたいな話だけど、今、あなたが望むことを何でもかなえてあげようと言われたら即座に答えるよ。たばこを好きなだけのみたい、一杯の晩酌がしたいとね」。笑いながら私に話すTさんの顔は何となく哀しく寂しそうだ。

Tさんの収入は、年間54万円弱の軍人恩給だけ。その中から、特養ホームの自己負担金月額3万2000円、年額にすると38万4000円が引かれる。医療費や国民健康保険の控除があるものの、毎月受け取るお金は1万5083円である。ところが、そのお金が全部自分のお小遣いとして使えるわけではない。Tさんは、毎月病院へ通院しており、薬ももらうから決まって病院へ3800円支払わなければならない。さらに、国民年金を月額700円払うと、実際に小遣いとして手にするお金は月額1万583円。1か月30日として計算するとTさんの1日の小遣いは352円となる。

Tさんは、たばこが大好きである。たばこに火がついて、煙の行方を何となく見ているだけで心が休まるという。気に入っているたばこはセブンスター、1箱250円である。前と比べると半分減らして、今は一日1箱ちょっとのむ。朝起きると、今日は何時にのむかきめ細かく時間を決め、一本一本大事にのんでいるという。もちろん酒を飲むお金はない。たばこよりもまだ酒の方が我慢できるからだ。ホームで行事の時に出される酒を何よりも楽しみにしているというが、時には晩酌して寝たいなと思う時がある、そんな時はつらいよとTさんはこぼす。

 

 

 

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