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エッセイ 老いのつぶやき・胸の内 本間郁子

 

特別養護老人ホーム編 8]

「自分の人生に責任を持って生きたKさん」

 

私が、特養ホームで話し相手となっているKさんが8月5日に亡くなった。Kさんは明治40年生まれ91歳だった。亡くなる前の日にホームの職員から電話がかかった。「Kさんが3日前から食べられなくなったので様子を見るために静養室(個室でナースステーションに隣接する)に移しました。特に悪い状態ではないと思うが看護婦や寮母の目の行き届く所がいいと思って移した」という。話の内容から緊迫した状態ではないと思ったのだが、なぜか明日の午後、顔を見にいきますと返事をしていた。

ところが、翌朝10時30分ごろホームの職員から電話があり、Kさんが9時ごろ亡くなったと知らされた。「特に悪い状態ではない」と聞いたばかりだったので、かなり驚いた。このごろは、耳も遠くなり百人一首を読んでもほとんど聞き取れない様子だったが、それでも手をさすりながらゆっくり読んでいくと顔を向けて笑ったりしていた。つくづく明日に延ばしてはいけなかったのだと悔やまれた。大好きなKさんのいないホームを訪ねるむなしさと淋しさが胸に迫ってきた。

午後2時にホームに着き、Kさんが安置されているレクリエーション室に職員と一緒に行った。お線香を上げ、Kさんのそばに寄り添い顔にかけられた白い布を取った。Kさんは、いつもより穏やかでとてもいい顔をしているように見えた。じっと顔を見ていると心安らかに、笑顔でゆっくりと杖をついて逝った気がした。

Kさんは5年前に多発性脳梗塞にかかり身体が不自由になって、特養ホームに入居してきた。その時は何とか杖をついて歩いていたが、2年前からは車イスを使っていた。

 

 

 

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