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この病気にかかったのは高校の教師として充実していた50歳の時だという。家族には、30歳を越える自閉症の息子がいて夜になると動きだす。その子を公害病のぜんそくでゼーゼー苦しそうな息をしている奥さんが世話をしているのだという。こんな家庭の事情のため、家族と離れて特養ホームに入る決心をしたのだという。

家族や自分の身に襲いかかるさまざまな出来事に、「おれが何か悪いことをしたのか。この世には神も仏もないのかと自暴自棄になり、何もかもイヤになった時もある。しかし、同じ病気と闘う『友の会』の存在を知り、そこで話すうちに、この世の中には私よりももっと大変な人がたくさんいる、泣いて暮らしても一生、笑って暮らしても一生。これからは『明るく、あせらず、あきらめず』この三Aを忘れずに生きよう」と決めたという。

とはいえ病気は進行し、洋服のボタンをかけるのに昨年よりも今が時間がかかる。でも、彼は、毎日リハビリを欠かさず、嫌いだった食べ物も食べるように努力し、月に1回は地域のボランティアセンターで手話の講師を夜6時から8時まで務めているのだという。逆境にありながら強い人との思いを強くしていたが、食事の時間になり、私が「また、来ます」と言って帰ろうとすると、突然目にいっぱい涙をためて私の手を取り「ありがとう、ありがとう」と声を出して泣いた。

人間の弱さ、淋しさ、そしてやさしさを帰りの電車の中でずっと考えさせられた。

 

 

 

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