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この背面には太陽を象徴する白紙で切った光背をつける。

これが終わると、最上部に鳥居を表すように剣をあしらったような三角の白紙をつける。中央のものは両側につけるものより少々大きめにつくり、紙の両側には七五三に折ったサガリを施す。

中央の三角の紙の下に「<梵字>七難即滅 七福即生 養蚕守護」の文字を版木で刷った神札をつける。これが蚕影山のご本尊である、これが幣束の最背面にくる。そして最後に中央部分と両袖部分の三箇所支えとなるシノダケに取り付け、藁束にさして完成となる。

このように「金色姫蚕影山幣束」は、蚕影山の神札を中心として、天照大神・不動明王などの神仏、養蚕の道具、養蚕に関わる女性の厄年、蚕影山の縁日などが、形や小刀を入れる数、あるいは色などでシンボリックに表現されているのである。

「金色姫蚕影山幣束」と合わせ、永昌院に伝わる蚕影山に関するもう一つの幣束を紹介しておこう。

 

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金色姫幣束

 

それは「金色姫幣束」がある。これは別名メオトベイソクといわれ、縁結び・子授けのご利益があり、「金色姫蚕影山幣束」とともに切って歩いた。

こうした養蚕の信仰対象である蚕影山の幣束が縁結び・子授けの信仰を有しているのには、永昌院に伝わる金色姫の由来譚と関わりがある。それは、

 

金色姫は、お椀に乗って川に流された。その途中、岸辺にあった木の実を食べた。その木の実が桑の実で、姫は子どもを宿った

 

という伝承で、この伝承にあやかり、子宝に縁があるといったことから子宝信仰、さらにの幣束を作る際、別々に選んだ二枚の紙がうまくつながる幣束をに切るという妙技があることから縁結びの信仰といった、養蚕とは異なった信仰の側面も有しているのである。

 

◎変化する宗教的ニーズ◎

現在、多摩地方で養蚕を行う農家は、ほんの僅かとなってしまった。そうした養蚕農家の減少とともに、養蚕の豊作を願ってこの金色姫蚕影山幣束を切ってもらうという信仰もまた薄らいでいく時流の中にある。しかし、この金色姫蚕影山幣束を切ってもらう信仰が衰退したかといえば、そうではない。むしろ前にも増して増加の一途を辿っている。養蚕が盛んであった当時でさえ、五月中に終えていた巡業も、現在では六月まで延長し行うほど依頼数が増え、なおかつ八月や年末にも応じきれない分を補足するといった状況になっている。

確かに養蚕神としての「金色姫蚕影山幣束」は希薄になりつつあるが、人びとの関心が、この幣束のもつ火難除け・火伏せの神といったコウジン信仰の側面の比重が増したことによっている。そしてさらに、訪ねてくる信者の依頼内容に応じ、永昌院の側でも、蚕影山幣束をもとにした「子宝」「縁結び」「水神」「厄払い」「金神様」などの幣束が切るという、現代社会の宗教的ニーズに対応した新たな展開を見せているのである。

<福島県立博物館学芸員>

 

 

 

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