「はぁー、兄さん、旅は面白いもんじゃった。若い時分はどこまでも行けると思うて、九州の果てまで歩いてきた。昭和三年じゃったね、長崎には魚が多いそうじゃから、行ってみようゆうて、亭主とその弟と、二人ばかりの漁師を雇うて出かけたんよ。あっちこっちの港をへぐりへぐり(立ち寄り)しながらの旅じゃった。長崎は遠いのうー、この先どこまで行ったら長崎にいけるんかと思うたが、恐ろしいことはなかった。十四、五日目のことじゃったが、ようやく長崎の直ぐ手前の福田の港についた。そこに三カ月もいたかの。あそこはようハモが釣れての、一日に三十貫も四十貫も釣れたもんよー」
昭和五十年の夏の一日、三原市の沖合に浮ぶ因島の箱崎の港で、箱崎きくのさんという当時七十歳代後半の小柄な婦人に出会った。因島は村上水軍の一つ、因島村上氏の根拠地として知られた島である。箱崎はその西南岸に位置している。箱崎の町はひどく狭かった。小高い山と海との間の僅かな空間に島を縦断する道路が通っており、漁港はその道路の下に築かれていた。道路と山の間は家々が密集している。