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今日の国家体制はガタガタ社会になってきているんですが、もう一度よく考えてみると、国家がいちいち国の領域を作って枠を嵌めてきたことそのものが、人間生活の自由の原理に反するのではないかと思うようになりました。

谷川…漁民でも漁業権を守るために血を流しています。縄張り争いで漁民の意識はだんだん小さくなります。特にこのごろ、埋め立てで漁業権問題が生じてくると、海の神から授けられた権利をあたかも株券のように考え、売れば金になるという具合です。

沖浦…私が家船調査で聞き取りをしていました時、「この海域にも家船は来ましたか?」と漁師村で聞きながら歩きました。そうすると、戦前では、波止場の向こうから二、三艘で恐る恐る入って来て、遠慮しながら漁をやって、そして三、四日してまた出て行ったという話をあちこちで聞きました。

地元の漁師に家船のことを聞くと、彼らの漁法の技術はすごいというのです。当時の先端技術の持ち主だった。近世の家船漁民は必死でした。貨幣もなかなか手に入らず物物交換が主でしたから、魚が取れなければ飢え死にしますからね。先進漁法の開発者は彼らであった。

ただ、かわいそうなのは維新後、義務教育になっても子供が学校に行けず、なかなか仲間ができない。三崎港に近い小さな漁村で聞いたのですが、小さいよちよち歩きの子供が海にはまり、近くの漁村も応援に駆けつけて総出で探したのですが、結局死体で見つかったり、泣きながら夫婦の家船は出ていったという話でした。

漁業権のある漁民は、家船のことを自分たちより下の者として差別しながらも、同じ海の民として暖かい人間の目で見ていたと言ってました。お前たちは波止場に入るなとか、漁業権のある領域に入るなとかいちいち文句を言わなかったようですね。

谷川…沖浦さんは瀬戸内に足を踏み入れて十数年になるそうですが、かえりみていかがですか。

沖浦…私の祖先もたぶん芸予諸島出身の漁師で、お爺さんの代までずっと船に乗っていました。私も小さい時から船乗りになりたいと思っていました。今でも船が大好きです。それに潮の香りが大好きです。日本史を遡ってみますと、海の民はそれほど人数はいなかったと思います。せいぜい三パーセントか四パーセントです。

 

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御手洗港にある江戸時代の常夜燈。前列左から片岡智さん、沖浦さん、谷川さん

 

日本の歴史では大きい役割りをはたしてきたのに、海民はずっとマイノリティーと見なされてきたんですね。私は今後も海の歴史に光を当てていきたいと考えています。海民の視座から見ると、日本史はどのように見えてくるのか、そこのところをもっと勉強したいですね。

谷川…今日はありがとうございました。

 

谷川健一(たにがわけんいち)

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一九二一年水俣に生まれる。東京大学文学部卒。現在、日本地名研究所長、民俗学者。近著は『日本の神々』

 

沖浦和光(おきうらかずてる)

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一九二七年大阪に生まれる。東京大学文学部卒。現在、桃山学院大学名誉教授。著書に、『アジアの聖と賤』 『日本の聖と賤』 『日本文化の源流を探る』 『竹の民俗誌』 『瀬戸内の民俗誌』

 

 

 

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