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5-3-3 住空間の再生

町家の保全においていくつかの問題が生じている。そのうちのひとつとして、町家群として残る町なみはほとんどがかつての商業中心地であったところが多いが、町なみの保全をめぐる問題の背景に都市の発展に伴う商業中心地の移動があげられる。中心地の移動そのものは、都市の発展拡大と都市機能更新のためある程度はしかたのないことである。しかし、問題は移動の後もなお、かつての町家群が作り出されてきた環境が壊されずに維持され続けているかどうかという点にある。

さらに、町なみ景観が都市的な集住形式の歴史的な一解答であるとするならば、歴史的な地区の人口減少の傾向は町なみの存在自体をゆるがすものとなる。地区の住民を呼び戻すことが町なみの再生の大きな課題といえる。二世帯住居の用件を整えたり、駐車スペースの確保をしたり、未利用に放置されがちな地区内の住宅地の利用法を伝統的空間の構成に基づいて模索していく必要がある。敷地を再編成したり高層住宅を建設するなどの伝統的空間を無視するような方法にならないようにしていかなければならない。

その他にも考えなくてはならないことが町なみと街路の整備についてである。城下町などでは、防衛に優れた構造になっており、現代生活のように車が欠かせない生活になると、道が狭いということがひとつの大きな問題となる。町なみの保全を考えるならば、街路は町なみの美しさの基本構造であるので、それを壊すような街路の拡大はするべきではない。そのため町なみ保全地区では車の進入を規制し、歩行者のための安全な街路を確保しなければならない。各街路の機能や役割を把握し、地区全体の交通ネットワークをつくることが重要である。これは交通規制だけでなく土地利用や施設配置などの計画との整合性をはかりながら総合的にすすめていかなくてはならない。

 

5-4 彦根における再生と活用

5-4-1 キャッスルロードについて

現在キャッスルロードと呼ばれている通りは、以前は、京橋通りと呼ばれ、城につづく主要な通りとして栄えてきただけではなく、城下町が建設されて以来ずっと変わることなく人々の暮らしがいとなまれてきた歴史的な背景を持つ場所である。しかし、めざましい発達のなかで城下町建設当時の幅6mの道路のままでは道幅が狭く、交通事情に対応することができなくなったため、昭和60年度から街路整備が実施された。通りのイメージを壊すことなく伝統的な町なみを再生しようという提案のもと、新しい城下町づくりのひとつとしてキャッスルロードがつくられたのである。

道路は車が対面通行できるように幅広くつくられ、歩行者が歩きやすいように歩道もゆったりとつくられている。道幅は歩道も含めて18mと江戸期の道幅の3倍になり、街路樹も植えられた。景観を阻害する電柱や電線は、地下化された。道の両脇には多くの土産物屋や食事処が建ちならび、もとは町家であったところも観光客相手の店をはじめたり、町家から店舗へと建てかえられたりして、現在でも新しい店舗が増えつづけている。近年では、これらの試みが県内外に注目され彦根を訪れる人々も増加している。こうしてキャッスルロードは今では彦根の観光に欠かせない場所となっており、天気の良い休日などには多くの人々でにぎわい、夜は街灯に照らし出された町なみが幻想的な雰囲気を醸しだしている。

しかし、この町なみはあくまで再開発の過程で生まれてきた景観で、道幅や町の明るさなどは古い町なみとは大きくかけ離れたものだということを理解しておかなくてはならない。新しい町なみを作り出すということだけではなく、魚屋町通りのような昔から残る古い町なみをそのまま保存・修復することによってより一層、キャッスルロードの果たす役割が大きくなるのではないかと考えられる。

 

 

 

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