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第1章 知的エリートにおけるグローバリゼーションの規範としてのアメリカ像の変容

筒井 清忠

 

はじめに

 

現代日本の知識人とグローバリゼーションとのかかわりを考えるにあたっては、Faculty Club CultureとDavos Cultureの問題が重要であり、本報告ではとくにこの2つが知識人にどのような影響を与えているかについて、若干の考察を試みたい。

バーガーによれば、Faculty Club Cultureとはアメリカで広義の知識人の間に広がっているとされる人権・環境・フェミニズムなどに関するイデオロギーのことである。これにたいし、Davos Cultureとは経済的グローバリゼーションの進展とともにビジネス・エリートに共有されるようになったハビトゥスないしは行動様式をさす。アメリカに由来するこの2つのCultureが現代日本の知識人にますます大きな影響を与えるようになっていることは、まず間違いのないところであろう。

だが問題はそれほど単純ではない。知識人のなかには、アメリカをモデルとするグローバリゼーションの推進をもとめる論者がいる一方で、そうした趨勢に対抗して日本の伝統や共同体を見直そうとする動きも見られるからである。しかも近年はじめてアメリカから流入したかに見えるFaculty Club CultureとDavos Cultureは、旧来の日本の知識人文化と必ずしも矛盾するものではなく、部分的には重なりあう面もあった。たとえば日本の知識人の間では、人権・環境・フェミニズムなどといったトビックへの関心はグローバリゼーションが浸透し始める以前から比較的高く、日本固有の文脈や認識枠組が形成されていた。また日本の知識人世界の主要部分では長らく欧米を範とする「近代主義」が支配的だったため、グローバリゼーションの影響を受ける以前からDavos Cultureと似たような知識人文化が形成されていた。それゆえ、アメリカに由来するグローバリゼーションの影響と日本の「内発的」発展とを区別する必要があろう。さらにグローバリゼーション概念の規定をめぐっても、これをアメリカニゼーションと同一視することはやや不正確である。ひとくちにグローバリゼーションといっても、必ずしもアメリカに由来するものとはかぎらず、ISOなどEUの作った規格が国際規格になっているものもある。その点からも、グローバリゼーション概念をある程度広く捉えておく必要があると思われる。

こうした点に留意しつつ、以下では現代日本の知識人とグローバリゼーションとのかかわりを考察することにしたい。具体的な手順としては、まず第1節で人権・環境・フェミニズムの各項目についてFaculty Club Cultureの影響を見た後、第2節で経済的グローバリゼーションに関する知識人の言説を検討し、最後にグローバリゼーションをめぐる現代日本の知識人の類型化を試みたいと思う。

 

 

 

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