■事業の内容
北極海航路(NSR:Northern Sea Route)は極東と欧州を結ぶ最短航路で、航行距離にしてスエズ運河経由のおよそ半分となり相互間の距離の短縮が可能となる。しかし、北極海は厳しい自然条件のため現下においては、夏季の3ケ月間程度が砕氷船の先導の下に航行可能であるに過ぎない。そこで外国の専門機関と共同でNSRの商業的通年航行の可能性に関し、氷海航行技術調査、環境評価、商業的経済性評価及び法制的諸問題調査等の観点から国際北極海航路計画(INSROP:International Northern Sea Route) を行ってきた。
本事業は、国際評価委員会の提言等に基づき、航行シミュレーション、INSROPの研究結果を統合するための調査研究等を行うことにより、北極海の自然環境の理解を深める一助となるデータを開示するとともに、北極海航路において具体的な商船運航に伴う様々な問題点を明確に整理し、その実際的な解決策を提案するものである。これにより、我が国経済の安定的発展、我が国造船業・海運業の振興及び造船技術の発展並びに国際協調に資することを目的として、実施した。 (1) 航行シミュレーション 本研究では砕氷商船のNSRの運航についてのシミュレーションを行うため、9つの作業課題ワークパッケージ(WP0〜WP8)を設定し、INSROP PROJECT CATALOGUE(実施計画書) に基づいて、WPの内容を順次完成させ、WP8で他のWPの成果を取り入れて以下のシミュレーションを実施し、運航採算に関するフィージビリティスタディを行い、経済性評価等を行った。 本シミュレーションでは、極東と欧州を結ぶ直通航路及びシベリアと極東、シベリアと欧州を結ぶ航路を想定し、25,000DWT型、40,000DWT型、50,000DWT型の3隻の砕氷型貨物船を供試船として、[1]エスコート砕氷船の妥当なタリフの検討、[2]各月別の基本的な海域での経済性の評価、[3]NSRの部分的な海域での経済性の評価、[4]実際の航海を模擬した往復運航の経済性の評価の4種類を行った。 (2) INSROPの研究結果の統合 INSROPのサブプログラムである、[1]北極海の自然条件と氷海航行技術、[2]北極海航路の啓開が自然・生物及び社会環境に及ぼす影響、[3]北極海航路の経済性評価、[4]北極航路啓開に係わる政治的・法制的背景について、それぞれの成果をとりまとめ、INSROPの集大成とするために、ノルウェー、ロシア、日本の各編集委員の間で検討及び編集作業を行い、Integration Bookにとりまとめた。 また、INSROPの最終的な成果な一つとして、NSRを航行するために必要な航路状況、気象・海象・氷況の過去のデータや、自然環境などを十分に理解するための一助となるデータ集をCD−ROMにとりまとめたINSROP GIS(Geographic Information System) を構築した。 (3) サブプログラム毎の調査研究 INSROP第1期に実施した研究テーマである、[1]北極海の自然条件と氷海航行技術、[3]北極海航路の啓開が自然・生物及び社会環境に及ぼす影響、[3]北極海航路の経済性評価、[4]北極航路啓開に係わる政治的・法制的背景の4つのサブ・プログラムの成果内容を評価し、その後の状況の変化に伴う資料の更新・追加等のためのプロジェクト、及びINSROPの成果を集約・統合するための補助的なプロジェクトを実施した。 (4) 情報の可視化 [1] NSRにおける氷況の数値予測システムを研究した。 本年度は流氷の運動や、流氷と流氷及び流氷と海洋・沿岸構造物との相互作用の数値モデルである力学的DMDF(Distributed Mass/Discrete Floe)モデルを用いて、1995年夏の北極海全域の計算を行い、NSR航行中に航路決定を支援するために、衛星氷況データを初期値とする氷況予測計算がどの程度有用であるかを検討した。 [2] INSROPGISは、ノルウェーの研究機関であるSINTEFが中心となってデータのとりまとめを行ったもので、NSRに関連する環境データの検索、解析が容易であり、その結果をビジュアルに地図上に表示することができるため、国内のNSR調査研究用にINSROP GISを導入してシステムの内容と機能について調査し、活用ガイドと操作マニュアルをとりまとめた。 (5) 資料のとりまとめ INSROP事業を通して、INSROP Working Paperの他、入手、収集した様々な関係資料をデータベース化するなどして整理し、一般の利用の便を図った。 また、ポルトガルにおいて開催されたリスボン国際博覧会、神戸において開催されたテクノ・オーシャン '98等への参加を通して、本事業の成果の普及、啓蒙を行った。
■事業の成果
本事業のうち、INSROP事業については、当財団、ノルウェーのフリチョフ・ナンセン研究所(FNI)及びロシアの中央海洋調査・設計研究所(CNIIMF)の3者間で共同実施したものであり、各国の制度、習慣、言語の違い、遠隔地間での共同研究によるタイミングのずれなど困難な点も多かったが、航行シミュレーション、INSROPの研究結果の統合、サブプログラム毎の調査研究のいずれも、各担当者、コーディネーター、INSROP事務局等の努力により、所期の目的を達成することができた。 (1) 航行シミュレーションでは、複数の代表的航路を選定、海域区分、航路区分毎にその航路上の氷況等を推定し、次に航路区分海域毎に設定した氷況中を、NSR航行を想定して設計した砕氷型貨物船を運航させて航行速度等を計算し、国際商業航路としてのNSRの経済性評価、航行技術及び環境影響評価等を行った。航行シミュレーションは共同研究を行った3ケ国の中でも日本が中心となって研究を実施したもので、北極海航路開発調査研究委員会幹事会のメンバー等国内関係者の調整等により、所期の目的を達成し、研究結果について他の関係国からも高い評価を得た。 (2) Integration Bookは、4つのサブ・プログラムの内容を包括したものであるが、北極海航路の多くの海域を有するロシアの参加によって、今までは入手が困難であった貴重な情報を多数盛り込むことができ、その結果、北極海関係の本としてはこれまでにないものとなった。 INSROP GISは北極海航路及び関係地域における自然、港湾の状況、航行支援施設、生態系、インフラストラクチャー等の種々の情報を体系的に整理し、INSROPの成果を収めたデータベースとして、現在公表されている北極海周辺の情報システムとしては世界最高レベルの動的情報システムを構築することができた。また、同システムの日本版マニュアルを作成したことにより、NSR開発及び北極海の研究やビジネスに携わっている産官学の関係者にとって、有益なツールになりうる資料となった。 (3) NSRにおける氷況の数値予測システムの研究においては、現在の力学的DMDFモデルによる氷況予測にはなお改良の余地があるが、実用に供し得る見通しが得られた。本モデルは航行用情報予測としてのみならず、海洋生物、海洋汚染などさまざまな分野での転用が可能であることから、今後これらの分野への応用展開を考慮した研究開発にも十分活用できるものである。 (4) 平成5年度から6年間にわたり実施してきた本事業では、日本、ノルウェー及びロシアの3ケ国が中核となり、14ケ国約390人の研究者の協力を得て各種プログラムを実施し、NSRに関連する各種の研究成果や資料・データが得られた。本年度は、これらの成果や資料・データを関係者に有効に活用してもらうためにデータベース化などによりデータの整理を行い、検索を行いやすくした。また、国内外のシンポジウム等への参加を通して、本事業を一般に広く周知することができた。 これらにより、我が国造船業・海運業の振興及び造船技術の発展、並びに国際協調に貢献することができた。
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