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1998年(平成10年)

平成9年横審第74号
    件名
作業船第三十五興生丸被引作業船美喜号転覆事件

    事件区分
転覆事件
    言渡年月日
平成10年3月6日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

西田克史、原清澄、勝又三郎
    理事官
清重隆彦

    受審人
A 職名:第三十五興生丸船長 海技免状:五級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
沈没し、のち全損

    原因
海象の把握不十分

    主文
本件転覆は、海象の把握が不十分で、曳航したことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年11月6日08時55分
神奈川県城ヶ島南方沖合
2 船舶の要目
船種船名 作業船第三十五興生丸 作業船美喜号
総トン数 495.81トン 4.99トン
全長 51.74メートル 9.06メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 882キロワット 55キロワット
3 事実の経過
第三十五興生丸(以下「興生丸」という。)は、ジブクレーン1基を備えた、幅16.00メートル深さ3.30メートルの鋼製作業船で、作業船美喜号と行動を共にし、数年前から神奈川県三崎港を基地として種々の作業に従事していた。
一方、美喜号は、幅3.20メートル深さ0.85メートルの自航式鋼製作業船で、専ら興生丸の操船、係留及び投揚錨の補助作業に従事していた。甲板上には、船首から順に船首倉庫出入口、操舵装置及び機関室囲壁が配置され、同囲壁の中央頂部には天窓2個を左右に設け、右舷側天窓の後方に機関室出入口が有り、また、船首尾各部の甲板上中央付近にクロスビット1個がそれぞれ設けられていた。
ところで、美喜号は、これまで興生丸が工事現場などに向かう際、専ら同船の甲板上に搭載されて移動していたものの、目的地までの航程が1時間足らずの短い航海で、海上が穏やかなときには同船に曳(えい)航されて移動することもあった。
興生丸は、A受審人ほか6人が乗り組み、船首1.80メートル船尾2.80メートルの喫水をもって、平成8年11月6日08時35分三崎港東部の新潟鉄工所岸壁を発し、美喜号を伴って同港西部の新港と呼ばれる係船場に向かった。
A受審人は、発航時から1人で操船に当たり、東口南防波堤を航過して間もなく、08時39分安房埼灯台から349度(真方位、以下同じ。)630メートルの地点で、美喜号を操縦していた興生丸の機関長Bを自船に移乗させたのち、船首0.40メートル船尾1.30メートルの喫水で、無人となった美喜号を曳航することとし、自船の右舷船尾ウインチから化学繊維製のロープを約13メートル延出してこれを美喜号の船首部クロスビットに係止し、各開口部を全て閉鎖して曳航を始めた。
ところで、A受審人が曳航を始めたころ、城ヶ島付近は、南寄りの風が強くなって、白波の発生が認められ、南寄りの波高が約1.5メートルの波浪が打ち寄せるようになっていた。
このような状況下では、東口南防波堤を替わって外海に出ると、ますます風波が強まって海上が時化(しけ)模様であることが分かり、A受審人としては、美喜号を曳航することが極めて危険な海象模様であることを十分認識可能であった。
ところが、A受審人は、所要時間が30分程度の短い航海であるから大丈夫と安易に考え、海象の把握を十分に行わなかったので、美喜号を曳航することが極めて危険な海象模様であることに気付かず、同船を興生丸の甲板上に搭載しなかった。
こうして、A受審人は、全速力に増速し、安房埼灯台を右舷側近くに見て付け回し、08時47分半同灯台から159度600メートルの地点に達したとき、針路を262度に定め、引き続き機関を全速力前進にかけ、7.5ノットの対地速力で、手動操舵により進行した。
A受審人は、南寄りの波浪が強くなってきたと思いながらも曳航を続け、08時55分わずか前船尾付近にいた乗組員の「あっ」という叫び声を聞いて振り返ったところ、高起した波浪を左舷正横から受け、右舷側に大きく傾斜した美喜号を認め、急いで機関を全速力後進にかけたものの、08時55分安房埼灯台から242度1,700メートルの地点において、美喜号は、復原力を越える大傾斜を生じ、ほぼ原針路を向いたまま、一瞬にして右舷側に転覆した。
当時、天候は曇で風力4の南風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、付近海域は時化模様で高起する波浪があり、当日10時40分に強風波浪注意報が発表された。
A受審人は、直ちに転覆した美喜号に接近し、同船の吊り揚げ用ワイヤ3本を取り、ジブクレーンを使用して揚収しようとしたが、吊り揚げ中にワイヤが全て切断し、美喜号は、09時ごろ転覆地点付近で沈没し、のち全損となった。

(原因)
本件転覆は、神奈川県三崎港東部から城ヶ島南方沖合を経て、同港西部に向かって航行する際、海象の把握が不十分で、曳航中の美喜号が高起した波浪を左舷正横から受け、復原力を越える大傾斜を生じたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、神奈川県三崎港東部から城ヶ島南方沖合を経て、同港西部に向かう場合、東口南防波堤を替わって海上が時化模様であることが分かったのであるから、海象の把握を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、短時間の航海であるから大丈夫と安易に考え、海象の把握を十分に行わなかった職務上の過失により、美喜号を曳航することが極めて危険な海象模様であることに気付かず、同船を興生丸の甲板上に搭載しないで曳航し、高起した波浪を左舷正横から受け、復原力を越える大傾斜を生じて美喜号の転覆を招き、沈没させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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