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1998年(平成10年)

平成9年広審第78号
    件名
引船せと岸壁衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年9月29日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

上野延之、釜谷奬一、横須賀勇一
    理事官
前久保勝己

    受審人
A 職名:せと船長 海技免状:五級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
船首部に凹損、岸壁は長さ11.7メートル幅5.0メートル高さ2.2メートルの破損

    原因
操船不適切(緊急時の措置不十分)

    主文
本件岸壁衝突は、緊急時の措置が十分でなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年12月19日21時05分
愛媛県松山港
2 船舶の要目
船種船名 引船せと
総トン数 145トン
全長 29.32メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,471キロワット
3 事実の経過
せとは、主に松山港第1区の高浜地区に位置する観光港(以下「観光港」という。)フェリー岸壁(以下、フェリー岸壁については「観光港」を省略する。)に入港するフェリーの着岸支援作業に従事する、4翼1体カプラン型コルトノズル付プロペラ2個及び同プロペラ旋回装置を装備した、その場回頭が可能な2基2軸を有する鋼製引船で、A受審人ほか2人が乗り組み、フェリーさんふらわあこがねの着岸支援作業の目的で、船首2.60メートル船尾3.45メートルの喫水をもって、平成8年12月19日20時30分観光港第1桟橋(以下、桟橋については「観光港」を省略する。)南東側の係留地を発し、同岸壁沖合に至り、同船の着岸支援作業に従事した。
ところで、本船は、発電設備として駆動される補助の原動機がいずれもディーゼル機関で、三相交流60ヘルツの定格容量225ボルト、55キロボルトアンペア、44キロワット及び141アンペアの1号並びに同定格容量の2号発電機を装備し、消費電力の増加する甲板上のウインチ、また、雑用ポンプを使用するときのみ並列運転としてそれ以外は1台の発電機を使用していた。
航海中の電力負荷については、通常発電機1台の定格電流を超えないが、出入港時及び曳航中において、甲板油圧ポンプ、主空気圧縮機、通風機、潤滑油等の各ポンプ及び操舵機の作動がたまたま重なると、発電機1台の定格電流を超えて過負荷電流が流れ、機関室の配電盤にある発電機の気中遮断器が作動して電源回路を遮断し、ブラックアウトを発生させることがあるので、造船所は発電機2台による並列運転をするよう電力調査表に記載し、また、発電機の定格電流を超えて過負荷電流が流れ、ブラックアウトを発生した際には、機関室の気中遮断器をリセットすることにより1分以内に電源が回復されるようになっていた。
一方、フェリー岸壁は、松山港高浜5号防波堤灯台(以下「5号灯台」という。)南方約200メートルの地点から南南西方へ約400メートルの岸壁が設置され北側が第2フェリー岸壁、南側が第1フェリー岸壁となっており、また、第1フェリー岸壁の南端からは南西方向へ約500メートルの岸壁が設けられていた。
この岸壁の北東端から南西方へ約100メートルのところには、岸壁とほぼ直角に北西方向へ長さ約100メートルの第2桟橋が、及び同桟橋の南西方約140メートルに岸壁から北西方向へ約60メートルの連絡橋が延び、その先端から北東方向へ長さ約100メートルの第1桟橋がそれぞれ設けられ、第1及び第2両桟橋と岸壁に囲まれたほぼ長方形状の狭い海域に面した第1桟橋の南東側がせとの係留地となっていた。従って、第1桟橋に着桟するため狭い海域を同桟橋に向かって航行する際には、ブラックアウトが発生して操縦不能となったとき、甲板員に指示して投錨するなど緊急時の措置に対する配慮を十分に要する海域であった。
20時56分少し過ぎA受審人は、第1フェリー岸壁の西側の、5号灯台から201度(真方位、以下同じ。)470メートルの地点で、フェリーさんふらわあこがねの着岸支援作業を終え、第1桟橋の南東側に着桟するため同桟橋に向かい、針路を257度に定め、機関の回転数毎分500にかけ、2基の旋回式推進機を60度の角度とし、1.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、今までブラックアウトの発生を経験したことがなかったことから今回も無難に着桟できるものと思い、投錨するなど緊急時の措置に対する配慮を十分に行うことなく進行した。
20時59分A受審人は、5号灯台から212度550メートルの地点に達し、第2桟橋の北西端に並航したとき、第1及び第2両桟橋の間を通航するため左転を始め、21時01分少し前5号灯台から213度620メートルの地点で、針路を147度とし、第2桟橋の南西側に着桟している高速艇に自船の航走波の影響を与えないよう、機関の回転数を徐々に落としながら続航し、同時02分半5号灯台から208度660メートルの地点に達し、機関の回転数毎分420として1.0ノットの速力で、第1桟橋の南東側に向けて右転しようとしたとき、電気機器の作動がたまたま重なり、発電機1台を使用していたことから定格電流を超えて気中遮断器に過負荷電流が流れ、電源回路を遮断してブラックアウトが発生して操船不能となったが、投錨するなど緊急時の措置に対する配慮を十分に行っていなかったことから、同措置を行うことができず、甲板上で陸電の取り入れ準備をしていた機関長を探し、見当たらなかったので機関と推進器をつなぐクラッチを切って前進惰力で続航中、21時05分5号灯台から202度700メートルの岸壁において、せとは、原針路、原速力のまま、その船首が同岸壁法線に対して88度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で風力2の北西風が吹き、潮候は下げ潮の中央期であった。
衝突の結果、せとは船首部に凹損を生じ、岸壁は長さ11.7メートル幅5.0メートル高さ2.2メートルの破損を生じたが、のちいずれも修理された。

(原因)
本件岸壁衝突は、夜間、第1桟橋に着桟するため狭い海域を同桟橋に向かって航行中、ブラックアウトが発生して操縦不能となった際、投錨するなど緊急時の措置が十分でなかったことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、夜間、第1桟橋に着桟するため狭い海域を同桟橋に向かって航行する場合、投錨するなど緊急時の措置に対する配慮を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、今までブラックアウトの発生を経験したことがなかったことから今回も無難に着桟できるものと思い、緊急時の措置に対する配慮を十分に行わなかった職務上の過失により、ブラックアウトが発生して投錨するなど緊急時の措置を行うことができず、クラッチを切って前進惰力で続航中、第1及び第2両桟橋間の岸壁との衝突を招き、せとの船首部に凹損、同岸壁に破損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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