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1998年(平成10年)

平成9年門審第4号
    件名
油送船秀和丸防波堤衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年7月30日

    審判庁区分
地方海難審判庁
門司地方海難審判庁

伊藤實、吉川進、岩渕三穂
    理事官
根岸秀幸

    受審人
A 職名:秀和丸船長 海技免状:四級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
船首部に破口を伴う凹損、南防波堤上部の一部が破損

    原因
船橋配置不適切、針路選定不適切

    主文
本件防波堤衝突は、出港にあたって船橋配置が適切でなかったばかりか、針路の選定が適切でなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年4月17日02時18分
茨城県鹿島港
2 船舶の要目
船種船名 油送船秀和丸
総トン数 491トン
全長 64.55メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 735キロワット
3 事実の経過
秀和丸は、京浜港から本州及び北海道の各港に重油を運搬する、船尾船橋型油送船で、A受審人ほか5人が乗り組み、茨城県日立港において荷揚げしたのち、空船で、クリーンバラスト330トンを張水し、船首1.80メートル船尾3.50メートルの喫水をもって、平成8年4月16日11時50分同港を出港し、京浜港に向かう途中、荒天のため15時35分同県鹿島港に避泊し、翌17日02時10分鹿島港南防波堤灯台(以下「鹿島港」を冠した灯台名及び灯浮標名については「鹿島港」の冠称を省略する。)から220度(真方位、以下同じ。)1,250メートルの錨地を発し、目的港に向けて鹿島港の港口に向かった。
ところで、鹿島港は、太平洋に面した掘込港で、港口から内港に至る間に、ほぼ南北に伸びる長さ約2海里にわたる、最大水深24メートルに浚渫(しゅんせつ)された可航幅約700メートルの水路があって、水路の目安として港口付近の東側に第1号仮設灯浮標が、その北西側には第2号灯浮標がそれぞれ設置されていた。
また、水路の東側には、東京電力火力発電所の北東端から南防波堤が、第1号仮設灯浮標のほぼ南1,250メートルの地点まで北に延び、同防波堤の先端から220メートル南側に南防波堤灯台が設置されており、水路の西側には、第2号灯浮標からほぼ南1,500メートルの地点に第4号仮設灯浮標が、更にそのほぼ南1.3海里のところに、第一船だまりから北東方に北防波堤が延びて、その先端部に北防波堤灯台が設置されていた。さらに、当時、南防波堤の延長工事が逐次行われており、同防波堤の先端部に黄色不動灯1個が、その先端部から047度280メートルの地点及び335度240メートルの地点に黄色不動灯の灯浮標各1個が設置されていて、出入港する船舶は、これらの水路両側の灯浮標及び灯台などを確かめながら、同水路に沿う004度又は184度の針路をとって航行していた。
発航前、A受審人は、抜錨にあたって抜錨部署をかけ、機関室に機関長ほか機関要員を、船首に一等航海士と甲板長を配置したものの、船橋には同受審人だけが昇橋した。しかし、当時、同人は今航海の前に糖尿病と腎臓病を患って約2箇月間入院し、退院後約2週間自宅待機したのち、4月10日に乗船したばかりで、薬を飲みながらの勤務から体調が思わしくなく、付近には10数隻の避泊船が錨泊し、また、港口に向かう水路の東側には南防波堤が延びていることを知っており、これらの船舶や防波堤との接近状況を把握してその対応を図りながら、単独で見張りと操舵に当たることは困難であったが、いつも出港時には1人で操船に従事し、鹿島港に頻繁に出入港していて水路状況にも精通しているから、港外で一等航海士に船橋当直を引き継ぐまで大丈夫と思い、見張員を増員するなどの適切な船橋配置をとっていなかった。
発航後、A受審人は、単独で操舵と見張りに当たり、水路の中央付近で港口に向かう針路に転じるつもりで、針路を南防波堤灯台の灯光を少し左舷船首に見るように南防波堤に向く042度に定め、機関の回転を徐々に上げながら進行した。
ところが、A受審人は、錨泊船を避けながら進行していくうち南防波堤灯台の灯光を港口で入港船を待つタグボートの灯火とふと思い込み、02時15分南防波堤灯台から219度900メートルにあたる、予定の港口に向かう水路のほぼ中央の転針地点に達したが、体調が不調でぼんやりとして、その灯火を左舷に見て通ろうと思い誤り、作動中の0.75海里レンジのレーダーを見ていて南防波堤に接近していることを知りながら、危機感を覚えず、左転して港口に向かう004度の針路とすることなく、機関を9.0ノットの半速力前進として、南防波堤に向かったまま航行した。
その後、A受審人は、針路を港口に向かう針路としないまま、南防波堤に向かって続航中、02時18分わずか前、一等航海士が船首配置を終えて昇橋したとき、前方至近に南防波堤を視認し、驚いて機関を全速力後進にかけたが及ばず、秀和丸は、原針路、原速力のまま、南防波堤灯台から185度75メートルの同防波堤の先端部に右舷船首が37度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力3の北風が吹き、潮候は上げ潮の初期で、16日14時15分銚子地方気象台から大雨強風波浪洪水注意報が発表されていた。
衝突の結果、秀和丸は、船首部に破口を伴う凹損などを生じ、南防波堤上部の一部が破損したが、のち、いずれも修理された。

(原因)
本件防波堤衝突は、夜間、茨城県鹿島港を出港するにあたり、船橋配置が適切でなかったばかりか、針路の選定が不適切で、港口に向かう針路としないまま、同港の南防波堤に向かって進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、夜間、茨城県鹿島港の錨泊地から、港口に向かう東側に南防波堤がある水路を出港する場合、体調が不調な状態で、周囲に錨泊船が多く、レーダーで同防波堤を確認していたのであるから、これに接近して衝突することのないよう、見張員などを増員して適切な船橋配置をとるとともに、港口に向かう針路として進行すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、1人で操舵と見張りに当たり、水路の中央で港口に向かう針路とする予定であったところ、南防波堤灯台の灯光をタグボートの灯火と思い込み、その灯火を左舷に見て通ろうと思い誤り、港口に向かう針路としなかった職務上の過失により、同防波堤に向かった針路のまま進行してこれに衝突する事故を招き、秀和丸の船首部に破口を伴う凹損などを生じさせ、南防波堤の一部を損壊させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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