日本財団 図書館




1998年(平成10年)

平成9年広審第60号
    件名
押船陸奥丸被押バージ2015号漁船蛭子丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年3月25日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

畑中美秀、上野延之、花原敏朗
    理事官
道前洋志

    受審人
A 職名:陸奥丸船長 海技免状:五級海技士(航海) 
B 職名:蛭子丸船長 海技免状:四級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
蛭子丸…船首部が圧壊、衝突時の衝撃で、船長2週間の通院加療を要する頸部捻挫、甲板員1人、5日間の入院治療を要する頭部外傷及び頭部裂傷

    原因
陸奥丸…船員の常務(守錨当直、錨泊場所)不遵守
蛭子丸…見張り不十分、船員の常務(避航動作)不遵守

    主文
本件衝突は、陸奥丸被押バージ2015号が、守錨当直を立てず、船だまりの入口付近に錨泊したことと、蛭子丸が、見張り不十分で、錨泊中の陸奥丸被押バージ2015号を避けなかったこととによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年6月15日04時
山口県安下庄港
2 船舶の要目
船種船名 押船陸奥丸 バージ2015号
総トン数 197.98トン 933トン
全長 28.37メートル 64メートル
幅 12メートル
深さ 4.3メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 698キロワット
船種船名 漁船蛭子丸
総トン数 4.83トン
全長 13メートル
機関の種類 ディーゼル機関
漁船法馬力数 15
3 事実の経過
陸奥丸は、2基2軸で2台のダックプロペラを備えた押船で、A受審人ほか3人が乗り組み、船首1.10メートル船尾3.30メートルの喫水をもって、バージ2015号船尾の凹部に船首を押し当てて2本のロープで固縛してこれを押し(以下「陸奥丸押船列」という。)、押船列の全長を93.6メートルにまとめ、また、バージ2015号は、底開型はしけで、海砂を満載して陸奥丸に押され、平成8年6月14日03時20分山口県屋代島の伊保田港を発し、06時05分同県安下庄港に到着したのち、同港の埋め立て地に積荷の海砂を全量投棄し、バージ2015号が船首尾0.80メートルの等喫水になったところで、同時30分安下庄港亀島西防波堤灯台(以下「西防波堤灯台」という。)から195度(真方位、以下同じ。)1,750メートルの地点で、安下庄漁港の沖防波堤からほぼ900メートルの沖合に、バージ2015号の船首から錨を投入し、錨鎖を3節延ばして錨泊した。
ところで、陸奥丸押船列の錨泊中に表示できる灯火設備としては、陸奥丸に、マストの錨泊灯及び船室回りの通路灯のほか、船首尾各先端部に作業灯が備え付けられ、バージ2015号に、船首尾に1本ずつ甲板上約3メートルの高さに乾電池のみで電力が供給される簡易式自動点滅灯火装置が備えられていた。しかし、これらは、陸奥丸押船列としては、錨泊中における法定の灯火の要件を完全に満たしたものでなく、特にバージ2015号船首部の簡易式自動点滅灯火(以下「点滅灯」という。)は、あくまでも全周白灯の代用品であった。
A受審人は、投錨後速やかに陸奥丸の灯火及びバージ2015号の点滅灯を点灯したものの、錨泊地点付近は、安下庄漁港の前面で同漁港から出漁する漁船の通路にあたり、霧などが発生する早朝には、点滅灯が有効に機能することが懸念される気象的・地勢的状況にあったが、たまたま投錨当時の気象状況が良好であったことに気を許し、乗組員全員に休みを与え、守錨当直を立てなかった。
こうして、陸奥丸押船列は、乗組員全員各自室で休息をとって錨泊していたところ、翌15日03時56分半前示錨泊地点において船首が折からの風と潮でほぼ244度に向いたとき、安下庄漁港の沖防波堤を替わして出航したばかりの蛭子丸が、右舷正横方500メートルから向首接近していたが、守錨当直がいなかったので同船に対して注意を喚起できず、同04時蛭子丸の船首がバージ2015号の右舷前部にほぼ直角に衝突した。
当時、天候は晴で風力1の西風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、日出は04時57分であった。
また、蛭子丸は、ごち網漁に従事する木造漁船で、B受審人ほか1人が乗り組み、船首0.30メートル船尾0.40メートルの喫水をもって、15日03時48分ごろ安下庄漁港の船だまりを発し、平郡島南沖合のたいの漁場に向かった。
B受審人は、離岸後、03時53分半西防波堤灯台から225度1,200メートルばかりに達し、沖の防波堤北東端を2メートル隔てて替わしたとき、霧模様で視程が約1海里に狭められていたので、針路を大泊の人家の灯火を右舷船首に見る154度に定め、機関を毎分1,500回転の微速力に絞り、操舵室入口扉の差し板の左舷寄りに腰を下ろして右手で舵輪を操り、前方の見張りにあたりながら4.8ノットの速力で進行し、同時56分半ごろ前方約500メートルに錨泊していた陸奥丸押船列のうち、左舷船首方に陸奥丸の灯火を認めたものの、バージ2015号の点滅灯を見落とし、陸奥丸の前に錨泊船はいないものと思い、大泊の人家の灯火に気をとられ、前方の見張りを十分に行わなかったので、その後も同点滅灯に気づかず、同押船列を避けないまま続航中、蛭子丸は原針路・原速力のまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果、バージ2015号は、右舷船首部に蛭子丸のペイントが付着しただけで大きな損傷はなく、蛭子丸は、船首部が圧壊したがのち修理され、衝突時の衝撃で、B受審人は2週間の通院加療を要する頸部捻挫を、蛭子丸甲板員Cは、5日間の入院治療を要する頭部外傷及び頭部裂傷をそれぞれ負った。
衝突後、蛭子丸は、負傷者の手当てのため、直ちに安下庄漁港に帰港し、陸奥丸は、衝突の事実に気づかず、同06時同錨泊地点を出発して伊保田港向け航行中、海上保安部の巡視艇に呼び止められて初めて本件の発生を知らされた。

(原因に対する考察)
蛭子丸側は、バージ2015号は衝突当時無灯火であって、本衝突に関しては、蛭子丸側に一切責任がない旨主張しているので、この件についてまず検討する。
バージ2015号の点滅灯については、バージ2015号の灯火装置に関する実況見分調書写中の記載により、点灯していたことは事実であったと認められる。しかし、問題は、その点滅灯が実際に有効であったか、有効でなかったならばそれを補う措置がとられたかどうかにあるといえる。
ところで、陸奥丸押船列側の灯火に関する要件については、海上衝突予防法第24条第8項の規定が適用され、錨泊中については、同法第30条の規定の適用を受ける。これによると、陸奥丸押船列は、長さ50メートル以上の錨泊中の船舶と見なされるので、厳密にはバージ2015号の点滅灯は法定の灯火であるとはいえず、その代用品であったといわざるを得ない。
これらの、点滅灯は、電力の供給が安定しない乾電池が使用され、光力が法定の灯火と同じ程度に維持されていたかどうかについては、実況見分調書写においてもこれに関する記載が見当たらないので、B受審人及び事故当時付近海域を航行していたD証人の当廷における、陸奥丸の灯火を認めることができたが、点滅灯は視認できなかった旨の一致した供述から判断するしかない。したがって、点滅灯は実際には点灯していたが、他の灯火に比べて光力が溺く、或る程度の距離に接近しなければ視認できなかったものと認めざるを得ない。
ただし、B受審人は、視界が霧模様で視程1海里の状態であったとしても、陸奥丸の灯火のほか大泊の人家の灯火を認めたことは事実であるから、陸奥丸の前に何かいるものと判断して特別に注意を払って前方を見れば、バージ2015号の点滅灯は視認できたといえる。
蛭子丸がバージ2015号の船首部に接近しても、同バージ船首部の点滅灯に気づかなかった点については、同点滅灯は、海上6.08メートルの高さにあったうえ、B受審人の手動操舵にあたっていた眼の位置からでは、蛭子丸操舵室の天井板が上方の視野を狭めていたので、同点滅灯に接近するにしたがい、物理的に視認できない位置関係に陥っていたものと考えられる。いずれにしても、陸奥丸を視認したのちのB受審人の見張りは十分であったとは認められない。
一方、陸奥丸押船列側に対しては、法定灯火以外の代用品で間に合わせていること、しかも1個の装置だけで光力に懸念があること、及び、漁港の沖合で早朝になれば出漁する漁船がいること、並びに、霧の発生が懸念される時期であることなどを考慮に入れ、守錨当直を立て著しく接近する漁船などに注意喚起をすることができるよう、船内体制固めをしておく必要があったといえる。
陸奥押船列側については、バージ2015号の、点滅灯が法定灯火でなかったことは遺憾であるが、衝突予防上の効果が全くなかったと無視することもできないので、本件衝突は、法定の灯火を揚げなかったことに直接の原因があったとするのでなく、むしろ代用灯火の不備を補う方法に原因があったとするのが相当である。

(原因)
本件衝突は、夜間、山口県安下庄港内において、法定の灯火以外の代用灯火を表示して錨泊していた陸奥丸被押バージ2015号が、守錨当直を立てず、船だまりの入口付近に錨泊したことと、蛭子丸が、見張り不十分で、陸奥丸被押バージ2015号を避けなかったこととによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、法定の灯火に替えて代用の灯火を表示して、全長100メートル弱に及ぶ押船列を漁港の船だまりの入口付近に錨泊させる場合、漁港から出漁する漁船などが代用灯火に気づかず、異常に接近することもあるから、接近する他船に対して注意喚起をできるよう、守錨当直を立てるべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、投錨時たまたま気象状況が良かったのに気を許し、守錨当直を立てなかった職務上の過失により、向首接近していた蛭子丸に対して注意を喚起せず、同船との衝突を招き、蛭子丸の船首部を圧壊せしめたうえ、同船の2人の乗組員にそれぞれ負傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、夜間、漁港の船だまり入口から漁場に向けて出航し、湾内を1人で見張りにあたって操舵操船中、左舷船首方に陸奥丸の灯火を認めた場合、同船の前方に押船列を成していた被押バージ2015号の灯火を見落とすことのないよう、前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、湾内に大きな錨泊船はいないものと思い、右舷船首方の人家の灯火に気をとられ、前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、バージ2015号に気づかないまま進行し、前示の損傷と負傷を生じせしめるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。

参考図






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION