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1998年(平成10年)

平成9年広審第70号
    件名
貨物船新神戸貨物船寿々丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成10年1月30日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

上野延之、畑中美秀、花原敏朗
    理事官
山?重勝

    受審人
A 職名:新神戸船長 海技免状:三級海技士(航海)
C 職名:寿々丸一等航海士 海技免状:三級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
新神戸…船首部外板に凹傷及びハンドレールに曲損
寿々丸…右舷船尾部に破口を伴う損傷

    原因
新神戸…居眠り運航防止措置不十分、追い越しの航法(避航動作)不遵守(主因)
寿々丸…追い越しの航法(協力動作)不遵守(一因)

    主文
本件衝突は、寿々丸を追い越す新神戸が、居眠り運航の防止措置不十分で、寿々丸の進路を避けなかったことによって発生したが、寿々丸が、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Cを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年2月27日04時35分
瀬戸内海伊予灘
2 船舶の要目
船種船名 貨物船新神戸 貨物船寿々丸
総トン数 499トン 498.42トン
全長 81.60メートル 72.70メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 2,574キロワット 1,029キロワット
3 事実の経過
新神戸は、専ら阪神及び九州の各港間のコンテナ輸送に従事する船尾船橋型貨物船で、A受審人、B指定海難関係人ほか4人が乗り組み、コンテナ108個600トンを載せ、船首2.8メートル船尾4.0メートルの喫水をもって、平成8年2月26日16時25分大阪港を発し、博多港に向かった。
A受審人は、発航から3時間半操舵操船し、その後一等航海士、B指定海難関係人及び自らの3人による単独3時間交替の船橋当直体制をとり、翌27日02時ごろ波妻ノ鼻灯台から288度(真方位、以下同じ。)1.2海里の地点で、B指定海難関係人に船橋当直を引き継ぐことにし、本船が阪神及び九州の各港間のピストン航海で、B指定海難関係人が宿泊中も荷役準備などで忙しく、乗船したときから週休もほとんどとれず、航海中の当直外のときだけ休息していたので睡眠不足や疲労が蓄積していることを知っていたが、まさか居眠りすることはないと思い、居眠り運航の防止措置として眠気を催したら報告するよう指示することなく、海図記載の推薦航路線(以下「推薦航路線」という。)に沿って航行することを指示したのみで、降橋して休息した。
B指定海灘関係人は、当直交替前に4時間ほど睡眠をとったが、少し睡眠不足を感じる状態で船橋当直に就き、暖房が効き過ぎて暑かったので右舷側の戸を開けてラジオを聞きながら見張りに当たり、04時16分小水無瀬島灯台から154度700メートルの地点で、針路を推薦航路線に沿う252度に定め、機関を全速力前進にかけて12.9ノットの速力で自動操舵によって進行した。
B指定海難関係人は、定針したころから眠気を催すようになったが、休息中のA受審人に報告することなく当直を続けるうち、ぼうっとした状態になりいつしか居眠りに陥った。
B指定海難関係人は、04時22分半小水無瀬島灯台から236度1.4海里の地点に達したとき、右舷船首8度920メートルに寿々丸の船尾灯の白灯1個を視認することができ、その後その方位に明確な変化が認められず衝突のおそれがある態勢で同船に接近していたが、居眠りしていたのでこれに気付かず、寿々丸の進路を避けることができないまま続航した。
B指定海難関係人は、04時32分少し前小水無瀬灯台から246度3.3海里の地点に達したころ、寿々丸が甲板上の灯火を点灯し、その後警告信号を行ったが、居眠りをしていたのでこれに気付かず進行中、04時35分小水無瀬灯台から247度4.1海里の地点において、新神戸は、原針路、原速力のままその船首が寿々丸の右舷船尾部にほぼ平行に衝突した。
当時、天候は晴で風力1の北西風が吹き、潮候は下げ潮の初期であった。
A受審人は、自室で休息中、衝突の衝撃で目を覚まして昇橋し、事後の措置に当たった。
また、寿々丸は、専ら九州及び瀬戸内海の各港間の輸送に従事する船尾船橋型貨物船で、船長D、C受審人ほか5人が乗り組み、空倉のまま、船首1.0メートル船尾3.3メートルの喫水をもって、同月26日19時坂出港を発し、関門港に向かった。
C受審人は、翌27日02時50分釣島灯台に並航したころ単独の船橋当直に就き、04時11分半小水無瀬島灯台から154度450メートルの地点で、針路を250度に定め、機関を全速力前進にかけて10.5ノットの速力で自動操舵によって進行した。
C受審人は、04時22分半小水無瀬島灯台から244度1.9海里の地点に達したとき、左舷船尾10度920メートルのところに追い越す態勢で接近する新神戸の白、白、紅、緑4灯を初認し、その後その方位に明確な変化が認められず衝突のおそれがある態勢で接近し、同時32分少し前小水無瀬島灯台から246度3.5海里の地点に達したとき、甲板上の灯火を点灯したが同船に避航の気配がないまま接近するのを認め、同時34分少し前警告信号を行ったものの依然避航の気配がなかったが、自船が転舵すると舷側に衝突されると思い、大きく転舵するなど衝突を避けるための協力動作をとらないで続航中、寿々丸は、原針路、原速力のまま前示のとおり衝突した。
D船長は、自室で休息中、衝突の衝撃で目を覚まして昇橋し、事後の措置に当たった。
衝突の結果、新神戸は船首部外板に凹傷及びハンドレールに曲損を生じ、寿々丸は右舷船尾部に破口を伴う損傷を生じたが、のちいずれも修理された。

(B指定海難関係人の居眠りに陥っていた点について)
新神戸の船橋当直者B指定海難関係人が衝突前居眠りに陥っていたかどうかについて検討する。
1 A受審人に対する質問調書中、「本船は阪神及び九州の各港間のピストン航海で停泊中も荷役準備などで忙しく、乗船したときから週休もほとんどとれず、単独3時間3直制の船橋当直で、航海中の当直外のときだけ休息していた。」旨の供述記載により、新神戸の乗組員は疲労が蓄積されていたと判断できること
2 B指定海難関係人に対する質問調書中、「当時交替前4時間睡眠をとったが、少し睡眠不足であった、船長と交替後、釣島水道を抜けたあと由利島までの間ときどき眠気を催していた、小水無瀬島の手前で急に眠くなってきた、暖房がきき過ぎて暑かったので右舷側の戸を開けてラジオを聞きながらぼうっとした状態になっていた、衝突まで相手船に気付かなかった、寿々丸の汽笛を衝突後聞いた。」旨の供述記載
3 B受審人に対する質問調書中、「新神戸が250メートルに接近したとき、甲板上の灯火を点灯したが、依然同船に避航の気配がないまま接近するのを認め、100メートルに接近したときから汽笛による短音を連吹した。」旨の供述記載により、新神戸と寿々丸の速力差から寿々丸の甲板上の灯火の点灯が衝突の3分前以前であったこと
以上のことを総合勘案すると衝突前B指定海難関係人が居眠りに陥ったと考えるのが相当である。

(原因)
本件衝突は、夜間、伊予灘において、寿々丸を追い越す新神戸が、居眠り運航の防止措置が不十分で、寿々丸の進路を避けなかったことによって発生したが、寿々丸が、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
新神戸の運航が適切でなかったのは、船長が、無資格の船橋当直者に眠気を催したとき船長に報告するよう指示しなかったことと、船橋当直者が眠気を催したとき船長に報告しなかったこととによるものである。

(受審人等の所為)
A受審人は、夜間、伊予灘を西行中、無資格の船橋当直者に船橋当直を引き継ぐ場合、居眠り運航の防止措置として、眠気を催した際には、船長に報告するよう指示すべき注意義務があった。しかるに、船橋当直者がまさか居眠りすることはないと思い、船長に報告するよう指示しなかった職務上の過失により、居眠り運航となり、寿々丸の進路を避けることができないまま進行して寿々丸と衝突を招き、新神戸の船首部外板に凹傷及びハンドレールに曲損並びに寿々丸の右舷船尾部に破口を伴う損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C受審人は、夜間、伊予灘を西行中、後方から衝突のおそれがある態勢で自船を追い越す新神戸の灯火を初認し、その後同船に避航の気配がないまま接近するのを認めた場合、大きく転舵するなど衝突を避けるための協力動作をとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、自船が転舵すると舷側に衝突されると思い、衝突を避けるための協力動作をとらなかった職務上の過失により、同船との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、夜間、単独で船橋当直に当たり伊予灘を西行中、眠気を催した際、船長に報告しなかったことは本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、その後同人が安全運航に努めている点に徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。

参考図






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