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1998年(平成10年)

平成9年長審第67号
    件名
漁船第十長運丸乗組員負傷事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成10年8月20日

    審判庁区分
地方海難審判庁
長崎地方海難審判庁

安部雅生、保田稔、坂爪靖
    理事官
上原直

    受審人
A 職名::第十長運丸船長 海技免状:五級海技士(航海)(履歴限定)
    指定海難関係人

    損害
甲板員1人が右大腿骨幹部骨折

    原因
揚網中の安全対策不十分

    主文
本件乗組員負傷は、揚網中の安全対策が不十分で、曳網索横すらせ用ワイヤロープと網揚げ場の側壁との間に、乗組員の足が挟まれたことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年1月2日18時45分ごろ
大韓民国済州島東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船第十長運丸
総トン数 144.59トン
登録長 32.90メートル
幅 6.50メートル
深さ 3.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 698キロワット
3 事実の経過
第十長運丸は、昭和55年7月に竣工した以西・沖合底びき網漁業に従事する一層甲板前部船橋型の鋼製漁船で、同型の僚船第十一長運丸とともに、二そう底びき網漁を行うようになっており、操舵室直下の前部甲板上両舷側に曳(えい)網索巻取り用ウインチを、船体中央よりやや後方の前部甲板上両舷側に曳網索巻込み用ウインチをそれぞれ配置し、操舵室後部に同ウインチの遠隔操作盤を備え、同ウインチの後方から船尾端までの後部甲板上ほぼ中央左舷側に補助ウインチを設け、後部甲板の船首尾線沿いを鉄板製の側壁で囲んだ網揚げ場とし、船尾端部に高さ約2.5メートル内幅約3.8メートルのギャロースを設け、ギャロースの脚部内側と高さ約1メートルの網揚げ場の側壁との間には、両舷側とも幅約0.5メートル溝径約0.5メートルの曳網索巻込み用ローラ(以下「船尾ローラ」という。)を設置し、揚網中は、同側壁から0.2メートルないし0.3メートル離れた船尾甲板上の高さ約0.7メートルのところを曳網索が通るようになっていた。
曳網索は、外径が32ミリメートル(以下「ミリ」という。)と24ミリの2個の円環からなるよりもどし金具(以下「サルカン」という。)を端末に装着した、直径22ミリ長さ約800メートルのワイヤロープの先に、直径65ミリ長さ約600メートルのワイヤ芯入り化学繊維製ロープを接続したもので、曳網の際は、全長約0.5メートルのペリカン型ストッパフック(以下「フック」という。)にサルカンを掛けるようになっていたが、フックは、船尾外板両外隅で甲板下約0.5メートルのところのアイプレートに取付けられた船尾ワイヤと称する、直径26ミリ長さ約9メートルの同索横すらせ用ワイヤロープに掛かる鋼製滑車に接続しており、何らかの原因でフックが外れたときに備え、直径26ミリ長さ約12メートルの同索係止用ワイヤロープをサルカンに接続し、これを舷側ブルワークの内側に固定したチェーンストッパに留めてあった。
また、両船は、第十長運丸が主船、第十一長運丸が従船の関係にあり、曳網の際は、主船が左側、従船が右側に位置し、それぞれ一本の曳網索を用いて共同で曳網を行うものの、自船が揚網中に相手船は投網準備を行うというように投網と揚網を交互に繰返すため、自船専用の網と曳網索を備えたほか、同索と同じ作りの中のロープと称する曳網索を共有し、自船の網を投入した場合は、自船は専用の曳網索で、相手船は中のロープでそれぞれ曳網し、曳網を終えて自船が揚網にかかる際には、相手船が、同ロープ係止用ワイヤロープの端末に装着してあるサルカンに、直径20ミリ長さ約100メートルで中間にサルカン1個を入れた先取り索を、全長約170ミリのストレートシャックル(以下「シャックル」という。)で接続し、同索の先に細紐をつないで自船に渡すようになっていた。なお、自船専用の曳網索については、同索係止用ワイヤロープの端末に装着したサルカンに、巻手ワイヤと称する直径26ミリ長さ約27メートルの同索巻込み用ワイヤロープを接続し、相手船から受取った先取り索については、自船の船尾ワイヤの下をくぐらせてから船尾ローラに導くようになっていた。
ところで、A受審人は、平成5年4月から漁労長と安全衛生担当者を兼任した船長として本船に乗組み、乗組員に対し、安全帽、作業用救命衣等の着用を励行させるほか、食事時などを利用して、漁労作業に伴う危険に対する注意を与え、自船の揚網作業にあたって僚船から受取った中のロープの先取り索を巻込み中、自船の曳網索巻込みのために同索をフックから外すと、船尾ワイヤが舷外に垂れ下がり、船体動揺、先取り索が船尾ローラに導かれる状態、シャックルの向き、自船の曳網索をフックから外す時機等によっては、船尾ワイヤが先取り索に絡んで船内に巻込まれ、船尾で作業中の乗組員に危害を及ぼすおそれがあったので、自船の曳網索をフックから外したならば、直ぐに2、3人で船尾ワイヤを引上げるように指示していた。
こうして本船は、A受審人、B指定海難関係人ほか9人が乗組み、船首2.80メートル船尾3.20メートルの喫水をもって、同8年12月25日僚船とともに長崎県長崎港を発し、大韓民国済州島東方沖合の漁場に至り、僚船と交互に、1日につきそれぞれ4回ずつの投網と揚網を繰返した。
同9年1月2日A受審人は、16時13分に自船の網を投入し、18時30分ごろ曳網を終えて揚網準備にかかり、自らは操舵室で揚網作業全般の指揮にあたりながら、曳網索巻込み用ウインチの遠隔操作を行うこととし、操機長を曳網索巻取り用ウインチの操作にあて、後部甲板上に甲板長、B指定海難関係人、甲板員及び機関員の4人を配置し、あらかじめ自船の曳網索の巻手ワイヤを左舷側曳網索巻込み用ウインチのドラムに数回巻かせたのち、自船の右舷側に接近した僚船に中のロープの先取り索につないだ全長約80メートルの細紐を後部甲板に投込ませ、これをB指定海難関係人らが右舷側曳網索巻込み用ウインチのドラムに巻いたのを見て、両曳網索巻込み用ウインチの運転を開始し、中のロープの先取り索を20メートル余り自船内に巻込んだとき、両船とも、機関を中立運転としてフックから曳網索を外すように指示し、右舷側の曳網索巻込み用ウインチは毎秒約1メートルの巻込み速度で、左舷側の同ウインチは極低速でそれぞれ運転を続けた。
B指定海難関系人は、安全帽、雨合羽、長靴、作業用救命衣等を着用し、補助ウインチを使用して甲板長らと自船の曳網索をフックから外したあと、右舷側船尾ローラから前方約0.2メートル離れたところに設置された高さ約0.2メートル長さ約0.2メートル幅約0.4メートルの踏台に上がり、甲板長や機関員と力を合わせ、鋼製滑車に取付けられたロープを引っ張って船尾ワイヤを引上げようとしたところ、同ワイヤを引上げられず、同ワイヤが中のロープの先取り索に絡んで同索と同ローラとの間に引っ掛かっているのに気付いたが、以前にも時折同様なことがあって同ワイヤを足でけって外したことがあったので、曳網索巻込み用ウインチを停止してから外すまでもあるまいと思い、船尾ワイヤが船尾ローラに引っ掛かった旨をA受審人に報告しないまま、18時44分ごろ船尾方を向いて巻込み中の先取り索にまたがり、船尾ワイヤの引上げを試みながら、右足で船尾ワイヤをけって外そうとした。
A受審人は、操舵室後部で両曳網索巻込み用ウインチを遠隔操作で運転中、B指定海難関係人が先取り索にまたがったのを認め、そのような動作を行うことは危険であると十分に承知していたが、同人は後部甲板上での作業に習熟しているから任せておいても大丈夫と思い、直ちに同ウインチを停止するなどの適切な措置をとることなく、同人が先取り索にまたがっているのを放置し、同ウインチを運転したまま、揚網開始時刻や揚網開始地点を日誌に記入するため、同ウインチの操作盤を離れ、操舵室前部に設置した時計やGPSを見に行った。
その後本船は、船首を南方に向け、B指定海難関係人が先取り索にまたがって右足で船尾ワイヤをけっていたところ、シャックルが右舷側船尾ローラに到達して同ワイヤに引っ掛かり、同ワイヤがシャックルとともに巻込まれ、同ローラを通り抜けてB指定海難関係人の両足の間に入り、18時45分ごろ北緯33度15分東経127度7分ばかりの地点において、船尾ワイヤと網揚げ場の右舷側壁外面との間でB指定海難関係人の右大腿部が挟まれ、同大腿部の内側に船尾ワイヤが食込んだまま、同人が網揚げ場内に転落した。
当時、天候は曇で風力5の北西風が吹き、海上はかなり波があった。
A受審人は、日誌の記入を終えたとき、船尾甲板上で叫び声があがったのに気付いて船尾方を見たところ、B指定海難関係人が右足を上にし、作業用救命衣を甲板長につかまれて網揚げ場の中に転倒しているのを認め、直ちに両舷側の曳網索巻込み用ウインチを停止して事後の措置にあたり、翌3日03時20分ごろ長崎県五島列島福江島の荒川漁港に入り、同人を入院させたところ、右大腿骨幹部骨折と診断された。

(原因)
本件乗組員負傷は、二そう底びき網漁の揚網中、安全対策が不十分で、僚船から受取って巻込み中の曳網索の先取り索に、自船の曳網索横すらせ用ワイヤロープが絡んだまま船内に巻込まれ、同ワイヤロープと網揚げ場の側壁との間に、乗組員の足が挟まれたことによって発生したものである。
安全対策が不十分であったのは、乗組員が、船尾作業に異変を生じた旨を船長に報告しなかったことと、船長が、乗組員の危険な動作に対して適切な措置をとらなかったこととによるものである。

(受審人等の所為)
A受審人は、網揚作業全般の指揮者として、操舵室で自ら曳網索巻込み用ウインチの操作にあたり、僚船から受取って巻込み中の曳網索の先取り索に、後部甲板上で作業中の乗組員がまたがったのを認めた場合、そのような動作を行うことは危険であると十分に承知していたのであるから、同人に危害を及ぼすことのないよう、直ちに同ウインチを停止するなどの適切な措置を講ずべき注意義務があった。しかるに、A受審人は、乗組員は後部甲板上での作業に習熟しているから任せておいても大丈夫と思い、適切な措置を講じなかった職務上の過失により、同人が巻込み中の同索にまたがっているのを放置し、同索に絡んだ自船の曳網索横すらせ用ワイヤロープが船内に巻込まれる事態を招き、同人の右大腿骨幹部骨折を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が僚船から受取った曳網索の先取り索を巻込み中、自船の曳網索横すらせ用ワイヤロープが船尾ローラに引っ掛かった旨を船長に報告しなかったことは本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、本件によって重傷を負い、深く反省している点に徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。






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