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1998年(平成10年)

平成9年横審第68号
    件名
遊漁船増栄丸釣客負傷事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成10年3月17日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

雲林院信行、大本直宏、西山烝一
    理事官
安部雅生

    受審人
A 職名:増栄丸船長 海技免状:二級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
釣客1人が左橈尺骨遠位端骨折、左大腿骨頚部骨折など

    原因
釣客に対する安全指導不十分

    主文
本件釣客負傷は、釣客に対する安全指導が不十分で、船首部に座っている釣客に対し、波による船体動揺の危険を知らせて安全な場所に移動させなかったことによって発生したものである。
釣客が、航行中の遊漁船の船首部甲板上に無防備に座っていたことは本件発生の原因となる。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
事件発生の年月日時刻及び場所
平成8年11月9日12時41分
千葉県片貝漁港沖合
2 船舶の要目
船種船名 遊漁船増栄丸
総トン数 16トン
全長 17.21メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 470キロワット
3 事実の経過
増栄丸は、中央部操舵室型のFRP製小型遊漁兼用船で、甲板上の両舷側通路内側に船首部から船尾端まで連なった高さ約40センチメートルの腰掛け台が設けられ、操舵室後方は釣客が休息できるキャビンがあって、同キャビン内の前壁に「利用者の皆様へ」と題する、乗下船時や航行中の行動については船長の指示に従うことなどを記載した注意書が掲示されていた。
A受審人は、昭和61年から千葉県片貝漁港を基地として遊漁船業を営み、月間約23日の稼動率で、午前と午後の2便に分けて同漁港沖合の釣り場に出て釣客に遊漁をさせていた。
ところで、片貝漁港は九十九里浜のほぼ中央部に流れ込む作田川の河口に位置し、導流堤に沿って東行すると南、北両防波堤の間に港口があり、港口から3海里ばかり沖合に20メートル等深線があって、その後急速に深度を増していることから、気象、海象の平穏なときでも、陸岸近くで、ときとして急に波浪が隆起し大きな波となって来襲することがあった。そして、A受審人はこれまでの永い経験からこのことをよく知っており、釣客に対し、前示注意書を読むようにとは指示しなかったが、早朝暗いうちに出るときや初めての釣客が乗船しているとき、海上がしけているときなどには、船内マイクで、キャビン内や後部甲板などの安全な場所に居るようにとの注意を行っていた。
こうして、A受審人は、甲板員と2人で乗り組み、B指定海難関係人を含む常連客6人を乗せ、遊漁の目的で、船首尾とも0.90メートルの等喫水をもって、午後の便として、平成8年11月9日12時35分片貝漁港の係留地を発し、同漁港東方5海里ばかり沖合の釣り場に向かった。
A受審人は、自ら操舵操船にあたり、機関を適宜使って導流堤沿いに東行中、船首部にB指定海難関係人が座っているのを認めたが、天候がよく海上も穏やかであったことから、注意しなくても大丈夫と思い、同指定海難関係人に対し、波による船体動揺の危険を知らせて船内後部の安全な場所に移動させるなどの安全指導を行わなかった。
一方、B指定海難関係人は、2年ほど前から年間20回くらい増栄丸で遊漁を行っている常連で、これまでは午前の便を利用し、周囲がまだ暗いうちに出航するので、釣り場に着くまでキャビン内で休息していたが、当日は午前の便が満席で予約がとれず、初めて午後の便に乗ることとなった。そして、同指定海難関係人は、乗船して自分の釣り位置を決めたあと、A受審人と午前の便での釣果などについて話し合っていたが、出航準備のため同受審人が操舵室を離れたので、他の5人の釣客は同室後方に居たが、天気がよく波も穏やかで風を受けるのが気持ち良かったことから船首方に行き、甲板上で後方を向いて腰掛け台の先端部にもたれ掛かり、船体動揺などに対して無防備な姿勢のまま座っていた。
A受審人は、12時40分半港口を航過したところで機関を回転数毎分1,700にかけ、14.6ノットの対地速力とし、同時40分半わずか過ぎ北防波堤南西端から184度(真方位、以下同じ。)85メートルの地点で、針路を釣り場に向けようとしたとき、南東方から黒く盛り上がった大きな波が来襲するのに気付き、急きょ船首を同波に対して直角となるように向け、機関を回転数毎分500に減じた。しかしながら、12時41分北防波堤南西端から138度200メートルの地点において、船体が波を乗り切ったとき、B指定海難関係人が、空中に跳ね上げられて甲板上に落下した。
当時、天候は晴で風力2の西南西風が吹き、潮候は上け潮の中央期であった。
その結果、操舵室より後方の席に居た5人の釣客に負傷者はいなかったが、B指定海難関係人は、左橈尺骨遠位端骨折、左大腿骨頚部骨折などを負い、約3箇月の入院治療後通院加療となった。

(原因)
本件釣客負傷は、千葉県九十九里浜に面して開口する片貝漁港を出航する際、釣客に対する安全指導が不十分で、船首部に座っている釣客に対し、波による船体動揺の危険を知らせて船内後部の安全な場所に移動させなかったことによって発生したものである。
釣客が、航行中の遊漁船の船首部甲板上に無防備に座っていたことは本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
A受審人は、千葉県九十九里浜に面して開口する片貝漁港を出航する際、船首部に釣客が座っているのを認めた場合、天候の穏やかなときでも、ときとして急に波浪が隆起して大きな波となって来襲することがあるのを知っていたのであるから、同釣客に対し、波による船体動揺の危険を知らせて船内後部の安全な場所に移動させるなど安全指導を十分に行うべき注意義務があった。しかるに同受審人は天気がよく海上も穏やかなので大丈夫と思い、同釣客に対する安全指導を十分に行わなかった職務上の過失により、波により船体に大きな動揺を受け、同釣客に左橈尺骨遠位端骨折、左大腿骨頚部骨折などを負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が、航行中の遊漁船の船首部甲板上に無防備に座っていたことは本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、勧告するまでもない。

よって主文のとおり裁決する。






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