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1998年(平成10年)

平成8年仙審第47号
    件名
漁船第七十一盛安丸乗組員死亡事件

    事件区分
死傷事件
    言渡年月日
平成10年3月24日

    審判庁区分
地方海難審判庁
仙台地方海難審判庁

葉山忠雄、半間俊士、大山繁樹)
参審員(増田英俊、松永行康
    理事官
川村和夫及び里憲

    受審人
A 職名:第七十一盛安丸船長 海技免状:五級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害

    原因
冷凍装置の取扱不適切、乗組員の体調などに対する留意不十分、乗組員に対して酸素欠乏事故防止についての指導不十分

    主文
本件乗組員死亡は、冷凍装置の取扱いが不適切で、冷媒のフロンが多量に流出し、機関室内が酸素欠乏状態になったことと、乗組員の体調などに対する留意が不十分で、酸素欠乏状態を察知できなかったこととによって発生したものである。
船舶所有者が、乗組員に対して、酸素欠乏事故防止についての指導が十分でなかったことは、本件発生の原因となる。
受審人Aの五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成7年10月28日10時05分
福島県相馬港東方沖
2 船舶の要目
船種船名 漁船第七十一盛安丸
総トン数 138トン
全長 36.51メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 647キロワット
3 事実の経過
(1) 第七十一盛安丸の概要
ア 来歴及び操業形態
第七十一盛安丸(以下「盛安丸」という。)は、A株式会社が昭和583月株式会社石村造船鉄工所で建造した登録長28.53メートル、幅()6.00メートル、深さ()2.60メートルの鋼製漁船で、船名を第128共盛丸と称し、従業区域を乙区域としてさけ・ます流し網、さんま棒受け網及びいか一本釣りの各漁業に従事していた。有限会社Bは、平成4年春から本船の運航に関与するようになり、同5年4月共同所有者となった後、A株式会社の倒産に伴い、同7年2月から単独の船舶所有者となって船名を変更したものである。
イ 一般配置
盛安丸の船型は、長船尾楼付き凹甲板型で、上甲板下には、船首から順に1番燃料油タンク、食料庫、1ないし3番魚倉、3番燃料油タンク、機関室下段、船員室及び操舵機室並びに5番(右舷)及び6番(左舷)の各燃料油タンクが配置されていた。上甲板上には、船首に船首楼があり、船体中央部の左舷側に1番、同右舷側に2番の各凍結室及びその中央部に準備室が配置され、これらの後方に機関室上段及び食堂が続き、最後部に集魚灯用発電機室が配置されて長船尾楼となっていた。
長船尾楼の天井にあたる船橋甲板は、船体中央部から船尾に至り、前部から操舵室及び無線室と続き、無線室の両舷側にそれぞれ2段ベッドが設置され、左舷側の上段を漁労長のCが、下段をA受審人がそれぞれ使用し、右舷側の上段に通信機器を置き、下段を通信士のDが使用していた。無線室の船尾側にカッパ室と称する区画が隣接し、同区画内の船首側には、左舷寄りに機関室へ降りる階段とその右側に無線室への扉があり、同扉から右舷側には浴室及び便所が並び、その前の通路に蓄電池が、右舷側壁沿いに洗濯機がそれぞれ置かれ、船尾側には、左舷寄りに食堂へ降りる階段があり、中央部を煙突及び通風筒が貫通し、後壁には雨具などを吊り下げられるようになっていた。また、右舷及び左舷の側壁には船橋甲板への出入口が設けられ、左舷出入口の扉は、機関室、食堂及び船員室への通路として使用されるので常時開放されていた。
ウ 機関室及びオブザーバー室
機関室上段は、主機の上方にあたる床面中央付近が船首尾方向の長さ2.4メートル幅0.9メートルの開口部になっていて、その周囲に手摺(す)りが設けられ、同開口部の左舷船首側に機関室下段に通じる垂直タラップが取り付けられており、左舷側後部には食堂に通じる出入口の扉があり、右舷側後部がオブザーバー室と称する部屋になっていた。また、機関室下段には、中央に主機を装備し、主機を挟んで右舷側にディーゼル原動機駆動の1号発電機が、左舷側に同原動機駆動の2号発電機がそれぞれ設置されていた。なお、カッパ室船首左舷側の階段は、同タラップ近くに通じていて、船橋から機関室上段への最短の通路になっていた。
オブザーバー室は、船首側に機関室上段に通じる扉が、左舷側に食堂に通じる扉がそれぞれ設けられ、同室の船首壁及び左舷壁に接して船首尾方向に2段ベッドが設置され、下段のベッドを機関長Eが、上段のベッドを操機長Fがそれぞれ使用し、E機関長のベッドは、枕を船尾側とし、床からベッド間口の下縁まで0.18メートルであった。
エ 食堂及び船員室
食堂は、機関室上段の後部に隣接しており、左舷壁沿いにガスコンロ、流し台、ガスレンジなどの賄い器具が、中央に食卓用テーブルと長椅子が、左舷船首側にカッパ室へ上がる階段及び機関室上段への出入口の扉が、右舷側にオブザーバー室へ通じる扉が、船尾側の左舷寄りに船員室へ降りる階段が、それぞれ設けられていた。
船員室は、機関室下段の後部に隣接し、後壁が操舵機室に接する船幅一杯の部屋で、船首側には、食堂へ上がる階段を挟んで左舷寄りに2個、右舷寄りに4個の各ベッドが、船尾側には、操舵機室を挟んで左舷寄りに3個、右舷寄りに3個の各ベッドが、いずれも船首尾方向に設置されており、船首側の階段右側のベッドを甲板員相田正光が、船尾側左舷寄り中央のベッドを甲板長Gが、それぞれ使用していた。なお、G甲板長のベッドは、枕を船尾側とし、床からベッド間口の下縁まで0.5メートルであった。
(2) 冷凍装置
ア 冷媒
冷媒は、フロン-22(R-22)が用いられていた。以下、液体、気体の区別が必要な場合など、必要に応じて「冷媒」、「冷媒ガス」、「フロン」あるいは「フロンガス」と表す。また、圧力は、単位をキログラム毎平方センチメートルとして単に「キロ」で示し、大気圧を0キロとするゲージ圧力で示す。真空度は、水銀柱高さで表示し、単位をセンチメートルとして単に「マイナス何センチ」のように表す。温度は、単位を摂氏として単に「度」で示し、零下は「マイナス」を付して表す。冷媒の圧力及び温度の状態を表す際には、「圧力」及び「温度」の記載を省き、「何キロ・何度」のように示す。
フロンは、ハロゲン化炭化水素群の一つで、化学式CHCLF2で表され、凍結点がマイナス160.0度、沸点がマイナス40.75度で、液体から気体に変化すると体積が1,400倍に膨張し、気体となったフロンガスの主たる性質は次のとおりである。
比重(キログラム毎立方メートル) 5.07(0キロ・0度)
空気を1とした比重 3.92
色 無色
臭い 無臭
毒性 なし
イ 冷凍装置の概要
冷凍装置は、本船建造時に日新興業株式会社(以下「日新興業」という。)が設計施工したもので、往復動式の高速2段圧縮機(以下「圧縮機」という。)で圧縮された高圧高温のガス化した冷媒を、凝縮器において海水で冷却して液化し、受液器に蓄えた後、冷却器及びドライヤを通して凍結室の急速冷凍系統と魚倉の保冷系統とに送るもので、漁獲物を凍結室で摂氏マイナス40度に急速冷凍し、魚倉に移して保管するようになっていた。
ウ 冷凍装置各機器の配置
冷凍装置の各機器は、凍結室及び魚倉の蒸発器以外機関室に据え置かれ、機関室上段には、左舷船首寄りにサージドラムと称する低圧受液器、その後方の上側に凝縮器、下側に受液器がそれぞれ設置され、機関室下段には、サージドラムから下方1メートルの位置にあたる左舷船首側に液ポンプが、右舷船首寄りに1号圧縮機が、左舷船首寄りに2号圧縮機が、それぞれ位置され、監視盤が主機前方の日誌机左舷側に接して設けられ、船首側中央付近の隔壁沿いに魚倉用自動膨張弁が24個配列されていた。なお、圧縮機は長谷川鉄工株式会社が製造したVM-42R型と称する低圧側が4シリンダ、高圧側が2シリンダの高速多気筒型2段圧縮機で、漁獲量によって単独運転あるいは並列運転とし、駆動電動機は、建造当初37キロワットのものであったが、平成4年春に45キロワットのものに換装された。
エ 冷媒の循環系統
急速冷凍系統の凍結室及び保冷系統の魚倉から戻った冷媒は、サクションアキュムレータで、混入している冷媒液を分離し、冷媒ガスのみが0キロ・マイナス10度〜マイナス20センチ・マイナス10度の状態で圧縮機低圧段のシリンダに吸引され、圧縮されて2キロ・40度でガスクーラーに送られ、2キロ・10度の状態に冷却されて圧縮機高圧段のシリンダに吸引され、再び圧縮されて9キロ・70度となり、オイルセパレータで混入した冷凍機油を分離して凝縮器へ送られて液化し、9キロ・25度〜9キロ・45度の液体の状態で容積957リットルの受液器に落ちて蓄えられた後、液冷却器で冷媒液の一部を膨張させて全体が冷却され、9キロ・マイナス10度の状態となってドライヤに入り、水分を除去された後、分岐して急速冷凍系統と保冷系統へ送られるようになっていた。
オ 急速冷凍系統
蒸発方式として冷媒再循環方式が採用され、その方法は、受液器から液冷却器及びドライヤを通って供給される冷媒液が、サージドラム液面制御電磁弁(以下「液面制御電磁弁」という。)、手動膨張弁を順に経て0キロ・マイナス40度の液体の状態でサージドラムに入り、液ポンプで1.5キロに加圧されて凍結室へ送られ、漁獲物と熱交換して気液混合状態でサージドラムヘ戻るようになっており、同ドラム内においては、冷媒ガスがサクションアキュムレータを経て圧縮機へ吸引される一方、冷媒液が再び液ポンプに吸引されるようになっていた。
また、凍結室の冷却法として接触式凍結(コンタクトフリーザー)法が採用され、その方法は、内部を低温の冷媒が循環する10段重ねのフラットタンクの間に漁獲物を詰めたパンと称する箱を入れ、油圧装置にてフラットタンクを上下させてパンを挾み込み冷却するもので、6時間ほどで凍結が終了した後、パンを取り出してブロック状になっている漁獲物を魚倉に格納し、保冷するようになっていた。
(ア) サージドラム
サージドラムは、外径660ミリメートル(以下「ミリ」という。)、高さ1,450ミリ容量90リットルの立て形円筒容器で、その側面にはクリンガー式液面計及び上・中・下3個のフロートスイッチがそれぞれ設置されており、上のフロートスイッチ(以下「FS1」という。)は、高液面時に異常高液面警報表示灯の点灯と警報ベルの作動を行い、中のフロートスイッチ(以下「FS2」という。)は、液面制御電磁弁を開閉してフロートの上下幅の間でサージドラムの液面を自動制御し、下のフロートスイッチ(以下「FS3」という。)は、液ポンプを発停させるとともに、低液面時に異常低液面警報表示灯を点灯させ、キャビテーション運転や空運転を防止するようになっていた。
(イ) 液面制御電磁弁のバイパス弁
液面制御電磁弁のバイパス弁は、冷凍装置の設計・据付け当初は、設けられていなかったが、有限会社Bが盛安丸を共同で所有するようになったときには設けられていた。
(ウ) 液ポンプと同ポンプの異常運転
液ポンプは、株式会社帝国電気製作所が昭和56年11月に製造した出力2.5キロワット、電圧220ボルト、定格電流11アンペア、揚程24メートル、吐出量毎時4立方メートルのYN-213R-25/40-A型と称する冷凍機用の片口吸込電動渦巻ポンプで、ステータ内面とロータ外面を金属薄板で溶接密封し、ロータ軸は、前後のカーボングラファイト製軸受(以下「カーボン軸受」という。)で支持され、先端にインペラを取り付けた軸封部のないキャンドポンプとなっており、ロータ軸には前後にスラストカラーが設けられ、インペラで発生する推力を前後のカーボン軸受のスラスト面で受け、ロータとステータの隙間(すきま)及び名軸受は、液ポンプ吐出側から供給されるマイナス40度の冷媒液によって冷却・潤滑が行われるようになっていた。
ところで、液ポンプは通常冷媒液のみ吸引するが、フロートスイッチの作動不良などで気体と液体の混合した冷媒を吸引すると、インペラの吸入側と吐出側の推力のバランスが崩れ、ロータ軸が軸方向に激しく振動するキャビテーション運転となり、この状態で運転されると推力によるカーボン軸受のスラスト面が摩耗して更に激しい振動を起こすとともに、電流計及び吐出圧力計の指針が変動するので、冷凍装置取扱者が外部から同運転の発生を容易に知ることができた。また、空運転といわれる冷媒液の全く流入しない状態で運転されると、推力のバランスが崩れるとともに冷却・潤滑が行われないことになって著しく発熱するので、キャビテーション運転及び空運転は絶対避けるよう液ポンプの銘板と取扱説明書に記載されていた。
カ 保冷系統
保冷系統は、ドライヤを通った9キロ・マイナス10度の冷媒液が膨張弁ヘッダに設けられた24系統の自動膨張弁で減圧されて魚倉の冷却管に送られ、漁獲物と熱交換して全量が蒸発する乾式蒸発法がとられ、ガス状となった冷媒は冷却管出口側の吸入弁ヘッダに集められ、サクションアキュムレータを介して圧縮機に吸引されるようになっていた。
なお、自動膨張弁が故障したときなどの応急措置的運転方法として、液ポンプ吐出側から冷媒液を自動膨張弁に並列に設けられている手動膨張弁を通し、サージドラムヘ戻す液循環方式で魚倉の保冷をすることができたが、通常使用されないものであった。
キ 監視盤
監視盤のパネルには、1・2号圧縮機の電源スイッチ、運転表示灯、異常高圧及び異常油圧の各警報表示灯、サージドラムの異常高・低液面表示灯、液面制御電磁弁の自動・停止切替えスイッチ及び通電表示灯、液ポンプの自動・停止・テスト切替えスイッチ及び電流計のほか、警報停止スイッチなどが配置されており、内部には、電源ノーヒューズブレーカ、電磁接触器、リレー、タイマ、警報ベルなどが収められ、液ポンプの電磁接触器には過電流継電器が取り付けられていた。なお、液面制御電磁弁は、切替えスイッチを「自動」にするとFS2によって開閉制御され、「切」にすると閉弁されたままとなり、液ポンプは、切替えスイッチを「自動」にするとFS3によって自動発停し、「テスト」にするとFS3に関係なく連続運転されるようになっていた。また、警報ベルは、圧縮機が異常高圧及び異常油圧になったときと、サージドラムが異常高液面になったときとに作動するようになっていた。
ク リキッドハンマーと冷凍機油の影響
膨張弁の開き過ぎなどでサージドラム内の液面が上昇すると、圧縮機が多量の冷媒液を吸入してリキッドハンマーを起こし、シリンダやピストンなどを破損する原因となるので、冷凍装置の取扱いにあたっては、シリンダ及びクランク室に霜が着く雪だるま運転は絶対に避ける必要があり、吸入冷媒温度が0度以下のとき、吸入管や吸入弁などに霜の着く程度が良好な運転といえるものであった。
冷凍機油は、フロン系の冷媒に良く溶け、マイナス40度の冷媒中では、粘度を増すとともに流動性を失って水飴状になり、これがサージドラムの底部に滞留してFS3の作動を不安定にし、液ポンプのキャビテーション運転や空運転を招くことがあった。
ケ 運転方法
急速冷凍系統は、凍結室を出て気液混合状態でサージドラムに戻った冷媒のうち、冷媒ガスが圧縮機に吸引され、その分サージドラム内の冷媒液が減少するので、FS2が液面を検出して液面制卸電磁弁を開き、受液器から冷媒をサージドラムに補給するようになっていたが、その補給量は、サージドラムと同電磁弁の間にある手動膨張弁の開度によって制御でき、冷凍装置を担当する機関長にとって、同膨張弁の開度を調整して、サージドラムの液面をFS2付近に保ち、液ポンプを連続運転させるのが効率の良い運転方法であり、急速冷凍系統の運転にあたって、同膨張弁は、一度調整すると以後調整する必要のないもので、機関長にとって冷凍装置運転の技術上、この調整は最も大切なものであった。
保冷系統は、自動膨張弁が魚倉冷却管出口の冷媒ガスの温度を検出して作動するようになっており、同系統の運転にあたって弁などを特に操作する必要がなかった。
(3) 酸素欠乏症
日新興業作成の「冷媒ガスの性質とその取扱いについて(正しい認識が、あなたの生命を守ります)」と題する説明書には、次のような事項が記載されていた。
以下余白

「我々の生活環境において、空気中の酸素量の上限は21パーセント、下限は16パーセントであって、これが正常な生理機能を保つための濃度範囲で、酸素濃度が上記の数値より低下すると、次の症状を示す。
16〜12パーセント 脈拍と呼吸数が増加し、脳細胞の働きが衰え、精神集中が困難となり、記憶力が減退し、筋肉の動きも不活発となり、吐き気、耳鳴り、頭痛などの症状が現れる。
14〜9パーセント 脳機能が極端に衰え、記憶力、判断力の低下が甚だしく、酩酊(めいてい)状態となり、知覚が鈍化し、体温(手、足)が上昇し、肺性チアノーゼが現れる。
10〜6パーセント 意識不明、昏(こん)睡状態となり、けいれん、中枢神経障害が現れ、チアノーゼが甚だしく、呼級が停止し、その6〜8分後に心臓も停止する。
6パーセント以下 1呼吸で全身の力が抜け、昏倒する。
また、酸素欠乏の多発予想場所として、冷凍機室、機関室、準備室、凍結室などがある。」
さらに、フロンガスのように空気より重い冷媒については、日新興業作成の「舶用冷凍機及び冷凍装置」と題する取扱説明書で、次のような事項が記載され、注意を促していた。
「ここ20年のガス事故を調べると、爆発性及び毒性の少ない無色、無臭の安全冷媒に属するものの危険度(致命率)が、危険冷媒に属するものより圧倒的に多い結果が出ている。空気より軽いガスは漏れても漏出区画以外に拡散するから空気の追い出しは起こりにくいが、空気より重いガスは漏出区画に残留し、その空気を希釈したり、又は空気を置換するためにガス事故になる前に、酸素欠乏災害を起こすケースが多い。」
これらの取扱説明書などは、いずれも盛安丸機関室内に備えられていた。
(4) 受審人及び指定難関係人
ア 受審人A
A受審人は、昭和53年から小型さし網漁船、さけ・ます漁船などに甲板員として乗船し、平成元年1月五級海技士(航海)の資格を取得してさけ・ます漁船、いか流し網漁船の一等航海士として乗船した後、有限会社Bに雇用され、同7年5月同社における初めての船長職として盛安丸に乗船した。同受審人は、同船において安全担当者及び衛生担当者を兼ねていたが、安全担当者としては酸素欠乏事故に対しての職務知識を欠き、衛生担当者としては薬箱を管理していればよい程度の認識で、平素から乗組員の行動や顔色を観察して、その体調などの健康状態に十分な配慮をしていなかった。
イ 指定海難関係人有限会社B
有限会社B(以下「B」という。)は、昭和35年3月に設立登記され、業務目的を海産物の捕獲及び販売、海産加工製品の製造及び販売の業務とし、盛安丸のほか第八十一明祥丸(以下「明祥丸」という。)を所有船舶として、さけ・ます流し網、さんま棒受け網及びいか一本釣りの各漁業を行っていた。
H代表者は、同25年から自社の所有船舶に甲板員として乗り組んで経歴を積んだ上、航海士の資格を取得し、船長あるいは漁労長として乗船する一方、同46年6月代表取締役に就任し、同55年ごろからは、自社の業務全般を担当し、統括責任者として、運航管理などの任に就き、所有船舶が入港する際には訪船し、安全・衛生管理については、船内外の転落防止、救命胴衣の着用、火災防止、食品・飲料水などに関しての指導を行っていた。
また、H代表者は、それまでに乗船した船舶がすべてフロン使用の冷凍装置を備えていたので、その取扱いに関するおおよその知識を持ち、フロン自体には毒性がないが、無臭なので多量に漏洩(えい)していても気付きにくく、酸素欠乏事故を発生しやすいから、毒性と刺激臭とが強いアンモニアよりもむしろ危険性が高いことを承知していたものの、所有船舶には、操業中の故障がないように整備することを指示するだけで、乗組員に酸素欠乏事故に対する知識を得させるため冷凍装置の取扱説明書を熟読させるなどの指導を行っていなかった。
(5) 本件発生前の操業と冷凍装置運転の模様
盛安丸は、平成6年は1年間休漁した後、翌7年3月から4月にかけて北海道釧路市内の造船所において第4回定期検査工事を行った際、冷凍装置については株式会社昭和冷凍プラント(以下「昭和冷凍プラント」という。)が、1号圧縮機及び液ポンプの各開放整備、凝縮器の海水側及び液ポンプ付きストレーナの各掃除、漏洩テスト、冷媒1,500キログラムの充填(てん)、同装置のテスト運転などの整備を行い、同年5月25日A受審人ほか6人の乗組員全員を新規に雇入れして、翌26日いか一本釣り漁の目的で釧路港を発し、6月1日から北海道東部沿岸沖合で操業し、8月11日からは三陸沖で操業した。
操業形態は、漁場を定めた後、パラシュート形シーアンカーを投入して主機を停止し、日没時から日出時まで集魚灯を点灯して操業を行い、漁獲物をパンに入れて凍結室に搬入し、E機関長が急速冷凍運転にかかった後、乗組員全員が食事と睡眠をとり、正午過ぎに全員が起床して漁場移動の準備をするとともに、凍結室からパンを取り出しで漁獲物を魚倉へ積み替え、続いて魚群探索に入って日没から操業を開始する日課を繰り返し、魚倉が満杯になれば水揚げ港に寄せるもので、1航海は2ないし3箇月であった。
E機関長は、前示定期検査工事に機関整備業者の作業員として従事していたところ、同整備業者の推薦を受けて乗組員に採用されたもので、漁船の乗船経験が豊富で、冷凍装置の取扱いにも慣れていたが、急速冷凍運転にあたっては、リキッドハンマーの発生と異常高液面警報ベルの作動とを防止するため、サージドラムが高液面とならないように、次のような運転方法をとっていた。
液ポンプを自動運転とし、サージドラム付きの手動膨脹弁の開度は、出渠時に整備業者である昭和冷凍プラントによって、スピンドルの2回転分に調整されていたものを4分の1回転に絞り、また、液面制御電磁弁については、切替えスイッチを、負荷の大きい急速冷凍開始時に「自動」として冷媒液を送り、ある程度冷凍されて安定した後「切」として開弁しないようにし、次いで、FS2の作動に関係なく一定少量の冷媒液が常時サージドラムに流入するように同弁のバイパス弁を微開としたうえで、機関室を無人としたまま就寝していた。
ところで、冷凍装置内を循環する冷媒中の冷凍機油は、サージドラム底部に溜まるが、マイナス40度のサージドラム内においては、冷凍機油が半凝固状態となってフロートの動きを悪くし、液面低下してもFS3が作動せず、液ポンプが停止しないことがあった。そのため、同ポンプはキャビテーション運転や空運転になることが時々あり、前部カーボン軸受のスラスト面に摩耗を生じ、さらに、その摩耗量が増大するとともにロータ軸の移動量が増大し、やがて、インペラのマウスリングがケーシングに接触する状態となった。
液ポンプは、キャビテーション運転あるいは空運転中異常振動を生じるとともに、圧力計及び電流計の指針に異常変動を生じる状態であったが、E機関長は、何ら対策を講じないまま前示の運転を続けていたところ、同年8月末ごろ三陸沖で操業中、FS3の不作動によるキャビテーション運転でロータ軸が振動してインペラ先端とケーシングが接触したため、急速冷凍中に液ポンプの過電流継電器が作動して同ポンプが停止し、漁獲物を凍結室から魚倉へ移そうとしたところ漁獲物が全く凍結していない状況を初めて経験した。ところが、同機関長は、過電流継電器が作動した原因究明をしないまま、液ポンプが停止しないように同継電器のリセットレバーとタイマーリレーの間に折り畳んだ紙片を挾み込み、同レバーが動かないように細工を施すという極めて異常な措置をとった。そのため、液ポンプは、ケーシングとインペラ先端との接触する運転が繰り返され、ケーシングが摩滅するようになった。
盛安丸は、同年10月5日釧路港を発して三陸沖で操業を繰り返していたところ、北海道浦河港沖合での漁模様が良いとの情報を得て、同月23日金華山沖合の漁場を発して北上中、主空気圧縮機の調子が悪かったので、翌24日17時浦河港に寄せて中古の空気圧縮機を積み込んだ。
(6) 本件発生に至る経緯
盛安丸は、24日23時浦河港を発し、同港沖合漁場に至ったものの漁模様が悪かったので南下し、翌々26日17時ごろ、福島県相馬港沖の漁場に至って操業を開始した。28日05時30分ごろ前夜からの操業を終えて漁獲物を凍結室に入れ、E機関長が、発電機を並列運転、圧縮機を1号のみの単独運転として漁獲物を急速冷凍にかけた後、乗組員全員が入浴と朝食を済ませ、07時ごろにはそれぞれのベッドに入って就寝した。
こうして、機関室を無人としたまま、E機関長が前示の運転方法で急速冷凍を行っていたところ、冷凍機油の影響でFS3が作動せず、液ポンプがキャビテーション運転あるいは空運転となってインペラがケーシングに強く接触し、摩擦抵抗で電動機電流が著しく増大したが、過電流継電器が作動しないようにされていたため液ポンプが停止せず、やがてケーシングがインペラ先端によって円弧状に破口を生じ、冷媒液が機関室内に流出するようになった。
液ポンプケーシングの摩滅が続いて破口が拡大し、流出した多量の冷媒液が瞬時に蒸発してフロンガスが機関室ファンによって空気とかき混ぜられ、09時ごろ発電機用ディーゼル原動機がフロンガスを吸引し、回転が変動して低下するようになったため、低電圧継電器の作動により配電盤の気中遮断器が引き外されて電源が喪失したが、同原動機は停止せず、低速で不規則回転を続けた。
電源が喪失して1号圧縮機も液ポンプも停止したが、サージタンクには、液面制御電磁弁のバイパス弁を経て受液器から冷媒液が流入し、また、凍結室から冷媒ガスが戻り、液ポンプケーシングに生じた長さ約45ミリ、幅約4ミリの破口からその冷媒の流出が止まらず、機関室内のフロンガスは増加する一方で、遂にその一部が機関室上段後方の床上まで達し、同室上段後方出入口のコーミングを越えて食堂へ侵入し、更にオブザーバー室と船員室にも侵入するようになった。
10時ごろ無線室のベッドで寝ていたC漁労長は、目が覚め、発電機の運転音が変調をきたしていることに気付き、下段で寝ているA受審人を起こし、機関長に連絡して点検させるよう指示した。
A受審人は、照明灯が消え非常灯だけが点灯している食堂へ降りてオブザーバー室へ向かい、「機関長、エンジンの調子がおかしいから見てくれ。」と声をかけたところ、E機関長が下着姿で出てきて、裸足のまま食堂を横切って機関室へ行こうとしたが、このとき同機関長は、すでにフロンガスの混入した酸素欠乏空気を呼吸し、そのため枕元に吐瀉(しゃ)して意識が朦朧(もうろう)としており、顔色が正常でなかった。ところが、同受審人は、乗組員は常に健全な身体で乗船していると思い、E機関長の体調などに対する留意を十分に行わなかったので、同人の行動や顔色が正常でないことに気付かず、機関室内にフロンガスが滞留して酸素欠乏状態になっていることを察知できないまま、無線室に戻ってベッドに入った。
E機関長(昭和9年1月15日生)は、機関室に入って上段から垂直タラップで下段に降り、主機の左舷側から船尾側に回って1号発電機へ赴く途中、10時05分ごろ北緯37度38分東経141度48分ばかりの漂泊地点において、酸素欠乏空気を吸い込んで機関室下段右舷側後部で昏倒し、間もなく死亡した。
当時、天候は晴で風力2の北風が吹き、海上は穏やかであった。
その後、10時30分ごろ発電機が停止した。
(7) 機関長死亡後の状況
C漁労長は、A受審人に対して機関長に機関室の点検をさせるよう指示した後再び就寝し、12時ごろ起床したところ、室内が消灯して、発電機の運転音がしないことから機関室に赴き、機関室上段において開口部の手摺り越しに下方を覗(のぞ)き込んだとき、突然頭部を強い力で締め上げられたような衝撃を感じ、意識が薄れて行く中を同室から外へ逃れようとして、カッパ室左舷側の出入口付近の船橋甲板上で倒れた。同漁労長は、しばらくして意識がかすかに回復してきたので、同時10分ごろ同甲板左舷外側を通って操舵室に戻り、「大変だ、機関場がおかしい。」と叫んだが、意識が朦朧としたまま、同室内左舷の側壁に寄りかかっていた。
そのころ、液ポンプの破口箇所から冷媒液の漏洩による蒸発が止まり、空気の約4倍の重さのフロンガスは、機関室内において急速に分離沈殿し、機関室下段床面上から高さ約1メートルのところまで滞留する状態となった。
就寝中のA受審人は、C漁労長の「大変だ、…」という叫び声に、発電機が破損でもしたのかと考え、直ちにベッド船尾方の階段から機関室に降り、同室上段で開口部から下方を見たところ、機関室下段右舷側後部にE機関長が倒れているのに気付き、病気の発作で倒れたものと考え、一人で救助できないので、F操機長かG甲板長を呼ぼうとして食堂に入ったところ、同操機長が下着姿でサンダルを履き、ふらついた足取りでオブザーバー室から出て来るところに出会った。同受審人が、E機関長が倒れていることを伝えると、同操機長は「うっー。」と応え、機関室上段から垂直タラップを経て機関室下段へと降りて行ったので、同受審人もこれに従った。
F操機長(昭和24年5月16日生)は、E機関長が倒れている場所の少し手前のところで手を差し伸べてしゃがみながら「機関…」と言ったとき、酸素欠乏空気を吸込んで瞬時に昏倒し、間もなく死亡した。それを見たA受審人は、少し姿勢を低くしたとき、急に喉元を力一杯締め付けられたような息苦しさを感じ、何らかのガスによる障害があるものと察し、生命の危険を感じて垂直タラップから機関室上段に出た後、更に階段を上って船橋甲板のカッパ室から左舷甲板に逃がれ出た。
その後、操舵室内にて意識が回復してきたC漁労長が、同室を出て船橋甲板の左舷外側を船尾方に向かって歩いていたとき、機関室より逃れ出てきたA受審人とカッパ室出入口で出会ったので、同受審人を介抱し、少し経過したころ、船員室で休息中のG甲板長と相田甲板員を救出する必要に気付き、同出入口から食堂を通して船員室の2人に向かい「早く上がって来い。」と大声で叫んだところ、同甲板員は意識が朦朧とした状態で同出入口まではい上がり、更に呼び続けたが、G甲板長(昭和23年8月23日生)は船員室内の通路において酸素欠乏空気を吸い込んで吐瀉し、死亡した。
この間、D通信士(昭和15年12月7日生)は、C漁労長の前示の叫び声を聞いた後、一人で機関室に赴き、機関室下段まで降りて酸素欠乏空気を吸い込み、主機の左舷側において瞬時に昏倒し、間もなく死亡した。
(8) 救助模様
A受審人は、C漁労長とともに操舵室に戻り、同漁労長が出力25ワット及び1ワットの両無線機並びに16チャンネル専用の携帯無線機を使用し、また、同受審人が沖合の航行船に大漁旗を振るなどして救助を求めたものの効果がなく、やがて電池が消耗してこれらの無線機の使用が不可能になったとき、アマチュア無線機を作動させることを思い付き、カッパ室の蓄電池を取り外し、これを同無線機に接続したところ、14時ごろ僚船の明祥丸を含む他船との連絡が取れ、15時ごろ明祥丸が他船とともに来援して盛安丸に接舷し、明祥丸の送風機2基を用いて盛安丸の機関室の換気を開始した。また、小名浜海上保安部とも連絡が付き、15時30分ごろヘリコプターが飛来し、16時30分ごろ海上保安部の巡視船「いわき」、「ざおう」及び「なつい」が来援して、18時ごろE機関長、F操機長、D通信士及びG甲板長の各遺体が海上保安庁の特殊救難隊によって甲板上に運び上げられ、のち、各遺体は「いわき」により相馬港に搬送された。この間、盛安丸は、同救難隊によってフロンガスの排除作業と漏洩防止作業とが進められ、両作業が終了した後、23時30分ごろ明祥丸に曳(えい)航されて福島県小名浜港に向かい、翌29日09時30分同港に引き付けられた。
(9) Bがとった事後の措置
事故後同社では、本件を検討し、
ア 海上保安部から配布されたフロンガスに関する安全のための資料の乗組員への周知徹底
イ 酸素欠乏事故防止の注意喚起表示板の船内掲示
ウ 業者による冷凍装置の整備の徹底
エ 無線機の点検・整備の実施
オ 器具、工具などの収納場所の改善
等の諸対策を講じたほか、H代表者などが所有船舶の入港時に各船に赴き、安全に対する意識の向上を計るとともに、規則上定められていないが、ボンベ付き酸素マスクを船内に備え、乗組員に同マスクの装着を実地に訓練させた。

(原因に対する考察)
本件は、冷凍装置の液ポンプのケーシングに破口を生じ、多量の冷媒が流出して気化したフロンガスが機関室内に滞留し、酸素欠乏空気を吸い込んで4人の乗組員が死亡した事件であるが、以下その原因について考察する。
1 液ポンプに亀裂破口を生じるまでの経緯
液ポンプのケーシングに亀裂破口を生じるまでには、サージドラム内に冷媒液が無くなってキャビテーション運転及び空運転がなされ、これらの運転によってロータ軸が軸方向に振動し、そのためカーボン軸受のスラスト面が摩耗し、更にその摩耗が進行してインペラとケーシングの接触による過電流の発生という段階がある。
(1) 機関長の冷凍装置の運転方法
本件発生時のサージドラムヘの冷媒の供給は、サージドラムの入口諸弁の開度状況により、液面制御電磁弁のバイパス弁からだけであるが、微開していた同弁からだけでは冷媒量が少なく、6時間での凍結が不可能である。また、手動膨脹弁は、一度調整すると、その後調整する必要がないから、本件時、「切」となっていた液面制御電磁弁は、ある一定時間「自動」とし、その後、「切」として運転していたものと推定される。
ところで、機関長の睡眠時間は、午前中だけであり、そのとき、同人は機関室を離れることになって冷凍装置が無人運転されることになるが、その間、最も気を付けなければならないのは、リキッドハンマーである。リキッドハンマーは、サージドラムが高液面になると最も発生しやすくなり、そのとき、異常高液面になるとFS1が作動して警報ベルが鳴り、冷凍装置の取扱者に知らせるようになっていた。
これらのことに、C証人の当廷における、「機関長は、腕が良い方で、冷凍時間は、5ないし6時間であった。どのような運転方法をとっていたか分からないが、速く冷すには、冷凍開始時間、冷媒を多量に送るようにすることである。」旨の供述記載の内容とを併せ考えると、機関長は、リキッドハンマーの発生と異常高液面とを防止するため、急速冷凍開始時、液面制御電磁弁を「自動」として冷媒をサージドラムに送り、ある程度冷凍がなされ、送られる冷媒量が少なくなってきたところで「切」とし、その後、機関室を離れ、微開にしたバイパス弁から少量の冷媒を供給するという変則的な運転方法を行っていたと考えられる。
(2) 液ポンプがキャビテーション・空運転に至る経緯
機関長が、液面制御電磁弁のバイパス弁を微開にしたまま、少量で一定の冷媒をサージドラムに供給するという、変則的な運転方法をとっていたため、サージドラムの液面が低下することが多くなり、そのときFS3が正常に作動していれば、液ポンプが停止して何ら問題ないが、冷媒中の冷凍機油の影響でサージドラム下部のFS3が作動しないことが時々あって、液ポンプがキャビテーション・空運転に至ったもので、機関長の同運転方法がキャビテーション発生の原因である。
(3) キャビテーション・空運転時の措置
鑑定書中にも記載されているように、液ポンプは、キャビテーション・空運転になると、激しい振動を起こすとともに、電流計及び吐出圧力計の指針が変動し、また、この間、サージドラムが空となって液面が液面計に表われないが、これら異常状況を、機関長は検知できて対処し得たのに、見過ごしていた。
(4) 過電流継電器の作動とケーシング破口に至る経緯
FS3不作動によるキャビテーション・空運転が何回か繰り返されているうちに、カーボン軸受のスラスト面の摩耗が進行し、遂にインペラとケーシングが接触して過電流継電器が作動するようになったが、機関長は、紙片を挟んで同継電器を作動しないように細工するという、海技免状受有者としては考えられない無謀な対処をしたため、過電流を発生している液ポンプが停止しないまま運転され、ケーシングが亀裂破口に至ったものであり、このことが本件発生の直接原因である。
2 A受審人の所為
A受審人が、10時ごろC漁労長からE機関長に発電機の点検をさせるよう指示され、機関長を起床させたが、同人の服装、行動あるいは顔色の状態を普段のそれと見比べて判断すれば、機関長の体調などがかなり異常なものであり、その場で同人の様子を確かめれば、発電機の不規則回転とを併せ考え、機関室内の異変を察知し得る可能性があったと考えられる。すなわち、この時点においての、E機関長の体調の異常は、通常の食中毒とか感冒とかによるものでないことを判断できる状況にあった。しかしながら、同受審人は、安全・衛生担当者として、乗組員は常に健全な身体で乗船しているものと思い、常々、各乗組員の健康状態を十分に注意していなかった。そのため、既に、フロンガスの混入した空気を呼吸して意識が朦朧としていたE機関長の異常な状態に気付かず、機関室内にフロンガスが滞留して酸素欠乏状態になっていることを察知できないまま、機関長の機関室への入室を阻止し得なかったことは、機関長死亡の原因となる。
E機関長の死亡後、複数の人命が失われたのは、A受審人が、頭部に激痛を感じたC漁労長から機関室内の異状を知らされたとき、その内容を十分確かめ、さらに、機関室内で機関長が倒れているのを見て、機関長救出の手助けを操機長に求めたとき、操機長がかなり足元の不安定な状態であったことに留意すれば、船内の酸素欠乏状態を把握できる状況であったのに、安全担当者としてフロンガスによる酸素欠乏事故の知識が十分でなく、乗組員を退避させるなどの適切な措置がとられなかったことによるものである。
3 指定海難関係人の所為
指定海難関係人Bは、船舶所有者の立場から、自社船の安全運航に対する施策として、H代表者などが水揚げのため入港した際には訪船し、安全操業などの指示として船内外の転落防止、救命胴衣の着用、火災防止、食品・飲料水などに関しては重ねて指導を行っていたものの、酸素欠乏事故防止については、各船の責任者に任せておけば大丈夫と思い、統括責任者として、盛安丸の乗組員に対して、フロンガスによる酸素欠乏事故についての知識を得させるため、冷凍装置の取扱説明書を熟読させるなどの事故発生防止のための指導を十分に行っていなかったことは、本件発生の原因となる。

(原因)
本件乗組員死亡は、漁獲物を急速冷凍するにあたり、冷凍装置の取扱いが不適切で、液ポンプのケーシングにインペラが接触して破口を生じ、冷媒のフロンが多量に機関室内に流出し、同室内が酸素欠乏状態になったことと、不規則回転中の発電機を点検させる際、乗組員の体調などに対する留意が不十分で、機関室内にフロンガスが滞留して酸素欠乏状態になっていることを察知できなかったこととによって発生したものである。
船舶所有者が、冷凍装置の冷媒にフロンを使用している盛安丸の運航を管理するにあたり、乗組員に対して、酸素欠乏事故防止についての指導が不十分で、安全担当者が船内の酸素欠乏状態を把握できなかったことは、本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
A受審人は、安全・衛生担当者として乗船し、福島県相馬港東方沖で漂泊中、不規則回転中の発電機の点検を行わせるため、機関長を起床させた際、同人が下着姿で裸足のまま機関室に赴こうとしているのを認めた場合、その行動が明らかに異常であったから、顔色を観察して機関長の体調などに十分留意すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、乗組員は常に健全な身体で乗船しているものと思い、機関長の顔色を観察して同人の体調などに十分留意しなかった職務上の過失により、機関室内にフロンガスが滞留して酸素欠乏状態になっていることを察知できず、同人を死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
指定海難関係人Bは、冷凍装置の冷媒としてフロンを多量に使用している盛安丸の運航管理にあたり、乗組員に対して、フロンガスによる酸素欠乏事故防止についての指導を十分に行っていなかったことは、本件発生の原因となる。
指定海難関係人Bに対しては、本件発生後、海上保安部から配布を受けたフロンガスに関する安全のための資料を船内に常備し、同資料内容の周知徹底、酸素欠乏事故防止の注意喚起表示板の船内掲示など、同種海難の再発防止に特段の配慮を払っている点に徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。






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