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1998年(平成10年)

平成10年長審第17号
    件名
漁船第六十八源福丸機関損傷事件

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成10年11月30日

    審判庁区分
地方海難審判庁
長崎地方海難審判庁

安部雅生、原清澄、保田稔
    理事官
上原直

    受審人
A 職名:第六十八源福丸機関長 海技免状:四級海技士(機関)(機関限定)
    指定海難関係人

    損害
6番シリンダのピストン、シリンダライナ、シリンダヘッド、クランク軸シリンダブロックのほか全シリンダの連接棒損傷

    原因
主機連接棒大端の連接棒ボルト植込み用ねじ部に、過大な応力集中による疲労強度の低下をきたしていたこと

    主文
本件機関損傷は、主機連接棒ボルト植込み用ねじ部に、過大な応力集中による疲労強度の低下をきたしていたことによって発生したものである。
機関製造者が、同種損傷事故を公表していなかったことは本件発生の原因となる。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年6月26日15時15分ごろ
長崎県福江港東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船第六十八源福丸
総トン数 320トン
登録長 51.60メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,147キロワット
回転数 毎分580
3 事実の経過
第六十八源福丸は、平成元年1月に竣工し、長崎県館浦漁港を基地とした大中型旋網漁業に従事する鋼製の運搬船で、プロペラを可変ピッチプロペラとし、主機として、指定海難関係人B社(以下「B社」という。)が昭和63年12月に製造した6DKM-32型と称する過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関を備え、竣工以来、主として東シナ海から黄海にかけての漁場で操業に携わり、満月の日の前後5日間ほどを休業するほか、毎年1箇月ほどの間を休漁期として船体、機関の整備にあてていた。
主機は、B社が昭和61年ごろから開発にかかり、同63年から商用機として出荷し始めたDK型機関のうちのひとつで、船首側からシリンダ番号を付け、連続最大出力2,206キロワット同回転数毎分720として製造されたが、燃料噴射ポンプの最大噴射量を制限し、計画出力1,147キロワット同回転数毎分580としてあった。なお、6DKM-32という記号は、6がシリンダ数、DKが機種、Mが舶用、32はシリンダの直径32センチメートルを示すものである。
ところで、B社は、ディーゼル機関の製造、修理及び販売を主たる業務とし、大阪市中央区に本店を構え、日本国内に支社、支店、営業所、代理店等のサービスネットワークを配置しており、従来の機種の小型軽量化と出力増大を図る目的をもって、技術第一部が設計を担当してDK型機関の開発にあたり、従来と同様に、連接棒と連接棒ボルトはいずれもクロムモリブデン鋼製とし、連接棒大端部と連接棒キャップとはセレーション結合としたが、シリンダブロックの中に吸気通路を設けたり、ピストンを軽量化したりしたほか、連接棒ボルトについては、直径大きくしたうえ、トルクレンチを使用して締め付ける六角ボルトから、両側にねじを切り、片側のねじ部を連接棒大端部に植え込んだのちに連接棒キャップをはめ、油圧ジャッキで引き延ばしてナットを締め付ける植込みボルトに変更した。
その結果、DK-32型機関は、連接棒大端部を斜めニつ割りとして、上下に連接棒ボルトの入る直経49ミリメートル(以下「ミリ」という。)の穴を1個ずつ設け、同穴の奥に同ボルトを植え込むため、呼び径48ミリピッチ3.0ミリのねじの下穴をドリルで開けたあと、ハンドタップで長さ52ミリのねじを切ってあり、連接棒ボルトの幹部の直径を43.5ミリとし、同ボルトの先端に直径41ミリ長さ25ミリのねじなし部を設け、同部が連接棒に底当たりするようになっていた。
また、B社は、DK-32型機関に関しては、連接棒ボルトの取替え間隔を4年とし、同ボルトの立込みトルクを3ないし4キログラム・メートル、ナット締付け油圧を800キログラム毎平方センチメートルと当初計画したが従来の機種で生じていた連接棒大端部のセレーションの溝の亀裂(きれつ)が連接棒キャップの締付け不足によるものだったことから、同トルクを30ないし35キログラム・メートル、同油圧を900キログラム毎平方センチメートルに定めて取扱説明書にその旨記載し、出荷するDK-32型機関に対しては、主要ボルト締付用として、最大使用圧力を1,000キログラム毎平方センチメートルとした手動油圧ポンプ、油圧ジャッキ等からなる油圧装置を取扱説明書とともに支給していた。
ところが、平成2年B社は、代理店等からの情報により、DK-32型機関に関しては、連接棒キャップの締付けに十分な余裕があること及び支給した油圧装置で900キログラム毎平方センチメートルまで油圧を上げるにはかなりの労力を要することが明らかとなったので、連接棒ボルトの立込みトルクとナット締付け油圧を当初の計画どおりに変更したうえ、同ボルトを立て込む際には、固体潤滑剤を塗布してスパナで手締めのこととし、取扱説明書中の同トルクと同油圧に関する記載を改正して同機関を出荷するようになったものの、既に出荷した機関の使用者側にはその旨周知しないで、また、その後、連接棒大端部のねじの仕上がり状態をよくするためにねじの切上げ部にタップの切粉逃し溝をつけたり、連接棒ボルトの立込みを容易に行えるように連接棒キャップ側のねじの先端にスパナをかけるための六角頭を追加したりしたことも周知しないまま、同5年9月末までに合計139台のDK-32型機関をシリンダ数にて1,086箇出荷した。
さらに、越えて同5年11月B社は、同元年7月に製造し、本船と同様の他船に主機として搭載した6DKM-32型機関において、連接棒の破断事故を生じたことを知り、同機関を詳細に調査したところ、総使用時間が約2万時間、同年3月に連接棒ボルトが新替えされてからの使用時間が約3千時間で、連接棒大端の上部ねじ先端付近のねじ底上側を起点とした亀裂が進展して破断に至ったものであることが分かり、ねじ底の近傍に連接棒ボルトの立込みトルク過大、同ボルト立込み時の異物かみ込み、ねじ面の仕上げ不良等によるむしれや条痕(こん)などの傷があったので、これらによる過大な応力集中によってねじ底の疲労強度が低下し、亀裂を発生したものと判断したが、上部連接棒ボルトの幹部に設けてあった直径48.5ミリ幅15ミリのつばの一部に、連接棒キャップの穴との強い接触を示す痕跡があったこともあって、何らかの原因で同ボルトが曲がった状態で組み立てられたことによる偶発的事故の可能性が大きいとし、この事故の内容や対策を公表しなかった。
一方、A受審人は、昭和47年7月A株式会社に機関員として入社し、同59年4月機関長となり、平成3年4月から本船に機関長として乗り組み、主機の回転数は毎分580までとして主機の保守整備にあたり、船内備付けの主機取扱説明書に従い、同4年6月に引き続き、同8年6月の定期検査時に整備業者に依頼して連接棒ボルトの新替えを行うこととしたものの、B社をはじめ、船舶所有者からも整備業者からも、前示連接棒破断事故のことを何ら知らされていなかったので、連接棒大端のねじ部を詳細に調べることなど思いも及ばず、従来どおり、連接棒ボルトの立込みトルクを30ないし35キログラム・メートル、ナット締付け油圧を900キログラム毎平方センチメートルとして同ボルトをすべて新替えした。
翌9年4月16日A受審人は、主機の5番シリンダに冷却水漏れを認め、同シリンダのシリンダライナを抜き出して同ライナ用のOリングを取り替え、同年5月下旬からの休漁期に入渠した際、他のシリンダについても念のためにシリンダライナ用のOリングを取り替えたり、ボアクーリング用穴に亀裂を発見した1番と3番の両シリンダライナをダイハツの代理店立会いの下で新替えしたりしたものの、依然、連接棒大端のねじ部を詳細に調べることなど思いも及ばなかったので、いつしか6番シリンダの連接棒大端の上部ねじ先端付近のねじ底上側に生じた亀裂が進展していることに気付く由もなく、連接棒ボルトについては、外観に格別の異状がないことを確認したのち、主機を復旧して出渠し、主機の運転を再開した。
こうして本船は、A受審人ほか9人が乗り組み、空倉のまま、船首2.9メートル船尾5.2メートルの喫水をもって、同年6月26日11時40分館浦漁港を発し、僚船が操業中の男女群島沖合の漁場へ向け、主機の回転数を毎分550プロペラの翼角をほぼ最大の23度として航走中、機関室当直にあたっていたA受審人が所用で機関室を離れて自室に行っている間に、主機の6番シリンダにおいて、連接棒の前示亀裂が更に進展して同棒の大端部が破断し、破断面がクランク軸に残った大端部に激突したり、ピストンがシリンダヘッドに激突したりしてピストンピンボス部に強烈な衝撃を繰り返し受け、15時15分ごろ黄島灯台から真方位013度6.4海里ばかりの地点において、主機の総使用時間が34,181時間、出渠後の主機使用時間が53時間30分となったとき、ピストンがピストンピンボス部で破損し、連接棒がシリンダライナ、シリンダブロック、クランク室扉等を突き破って大音響を発した。
当時、天候は晴で風力3の南南東風吹き、海上はやや波があった。
A受審人は、直ちに機関室に戻って主機を停止したところ、6番シリンダの右舷側クランク室扉の横にピストンピンの付いた連接棒が飛び出し、同棒の大端部がクランク軸に付いたままであるのを認め、航行不能と判断して関係先に事態を通報した本船は、その場で投錨し、僚船の来援を得て長崎港に入ったのち、主機をB社の工場に送り、6番シリンダのピストン、シリンダライナ、シリンダヘッドのみならず、クランク軸、シリンダブロックのほか全シリンダの連接棒新替え等を行った。
なお、B社は、本件後、本船の事故の究明に努めた結果、同種事故防止のため、DK-32型機関に関しては、連接棒ボルトの立込みトルクは3ないし4キログラム・メートルであること、同ボルト立込み時には異物をかみ込ませないこと、同立込みトルクが過大にならないように、同ボルトの連接棒キャップ側ねじの先端の六角頭の2面幅を32ミリから19ミリに変更したことなどを明記した、サービス情報と称する文書を発行し、同社のサービスネットワークを通して、連接棒ボルト立込み時の注意を使用者側に周知した。

(原因等に関する考察)
本件は、事実の経過で述べたように、連接棒大端部の連接棒ボルト植込み用ねじの先端付近のねじ底に亀裂を生じたことによって発生したものであり、亀裂を生じた理由は、連接棒ボルトの立込みトルク過大、同ボルト立込み時の異物かみ込み、ねじ面の仕上げ不良等により、ねじ底に過大な応力集中を生じて疲労強度の低下をきたしたことである。
ところで、B社は、平成5年11月に他船で本件と同様な損傷事故が起きる前から、連接棒ボルトの立込みトルクを小さくしたり、ねじの切上げ部にタップの切粉逃し溝をつけたりしていたことから、当該部にむしれや条痕の傷を生じて過大な応力集中による疲労強度の低下をきたすおそれのあることを十分に承知していたはずであり、同事故を調査したあと、同事故の内容や対策を使用者側に公表していたならば、使用者側としては、当然のことながら、同種事故防止のために、開放整備時を利用するなどして、当該部を詳細に検査し、異状を認めたならば相応の処置を講じたであろう。
従って、B社が他船で生じた同種事故の内容や対策を公表していなかったことは、本件発生の原因となるとするのが相当である。
一方、当該部の亀裂は、よほど大きくならない限り、内視鏡によっては発見されないだろうし、超音波やX線などによる特殊な検査によらなければ発見できるものでなく、A受審人としては、B社をはじめ、船舶所有者からも整備業者からも、他船で生じた連接棒破断事故のことを何ら知らされていなかったから、竣工以来使用している連接棒が破断するなどとは予想もできず、当該部を特殊な検査によって詳細に調べなければならないとは思いも及ばないことであり、A受審人の所為が、本件発生の原因をなしたものとは認められない。ただし、本件発生時、連接棒が破断した時点で相当の異音を発したはずであり、同人が機関室を離れていなかったならば、主機が即座に停止され、損傷の程度は軽減されたであろう。

(原因)
本件機関損傷は、主機連接棒大端上部の連接棒ボルト植込み用ねじの先端付近のねじ底に、同ボルトの立込みトルク過大、同ボルト立込み時の異物かみ込み、ねじ面の仕上げ不良等による過大な応力集中を生じて疲労強度の低下をきたし、亀裂を生じたことによって発生したものである。
機関製造者が本件発生前に、他船で生じた同種損傷事故の内容や対策を公表していなかったことは本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
B社が、連接棒ボルトを従来の六角ボルトから植込みボルトに変更した自社製のディーゼル機関において、連接棒大端の同ボルト植込み用ねじ部に生じた亀裂による連接棒破断事故を調査したのち、同事故は偶発的事故の可能性が大きいとし、同事故の内容や対策を公表しなかったことは本件発生の原因となる。
B社に対しては、本件後、同種事故防止のため、同社のサービスネットワークを通して、連接棒ボルトの立込み時の注意を使用者側に周知した点に徴し、勧告しない。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。






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