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1998年(平成10年)

平成9年横審第93号(第1)
    件名
プレジャーボートコマンチ機関損傷事件(第1)

    事件区分
機関損傷事件
    言渡年月日
平成10年10月30日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

川原田豊、半間俊士、河本和夫
    理事官
花原敏朗

    受審人
A 職名:コマンチ船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
右舷主機クランクピン軸受焼損、連接棒、クランクケース等損傷

    原因
主機クランクピン軸受がいつしか生じていたかき傷などの進行したこと

    主文
本件機関損傷は、主機運転中、クランクピン軸受に生じたかき傷が進行したことによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年4月8日16時40分
三浦半島剣埼東方海上
2 船舶の要目
船種船名 プレジャーボートコマンチ
全長 11.9メートル
幅 3.68メートル
深さ 2.05メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 340キロワット
3 事実の経過
(1) 構造及び設備の概要
コマンチは、平成5年末ごろに英国サンシーカー社が製造し、同7年に輸入されたCOMANCHE40型と称する、航行区域が沿岸区域(限定)、定員12名のFRP製プレジャーボートで、船体前半部の船室には、両舷にギャレーなどの生活設備や配電盤を納めた戸棚が設置され、同室後壁の昇降口を上がった、オープンデッキの右舷側に操縦席、左舷側に補助席があり、その船尾方がベンチなどを備えたラウンジで、最後部が通路スペースよりも高くなりサンデッキになっていた。
操縦席の下は、船室から出入りする寝室で、その後部隔壁から船尾部が潜水用具などのレジャー用品や、ライフブイを収納した倉庫及び両舷側に開口のある壁で仕切られた機関室となり、同室床の船尾寄り両舷に、主機と3翼2重反転プロペラのドライブ装置を直結した、いずれもスウェーデン王国ボルボ・ペンタ社製造のKAD42B/DP型と称する船内外機が据え付けられ、倉庫との仕切壁と接する前側に容量約560リットルの燃料(軽油)タンク、その右舷側に原動機直結の補助発電機、左舷側沿いに主機始動用バッテリーなどが設置されていた。
機関室は、デッキ下の両舷側に、穴10個の空気取り入れ口が並んで開口し、ダクトをトランサムに接続した排気ファンにより換気され、トランサムハッチになった室天井の裏と、サンデッキとの間がジェットスキー格納庫になり、通常機関室には、操縦席後ろラウンジデッキに設けた、62センチメートル角のハッチから倉庫に降り、補助発電機が右舷側にあるので、仕切壁の左舷側開口から入るようになっていた。また操縦席の椅子や付近の収納箱に救命胴衣や発煙筒などが納められ、昇降口付近に持ち運び式消火器、機関室天井部分にボンペットと称する自動消火器がそれぞれ取り付けられていた。
操縦席前面の計器盤には、航行中の針路と速力及び水深、両舷主機それぞれの回転数と潤滑油圧力及び冷却清水温度、燃料タンク油量のほか、積算の主機運転時間が表示され、計器盤の右側に、潤滑油圧力低下など主機の警報装置パネルや操縦レバーが、左側に照明や排気ファンなど機器発停用のスイッチ盤、その下にGPS装置が装備されていた。
(2) 主機とその整備について
主機は、定格出力170キロワット同回転数毎分3,800、各シリンダに船首側から順番号が付され、回転方向が船尾側から見ていずれも反時計回りの、過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で、湿式シリンダライナを装備し、6シリンダ一体のシリンダヘッド、シリンダブロック及びオイルパンで構成され、同ヘッドがバルブカバーで覆われ、排気タービン過給機のほか、補機として、機関前側のプーリーでベルト駆動される、機械式過給機のルーツ型コンプレッサ、オルターネータ及び冷却清水ポンプ、ギヤー駆動の燃料、潤滑油及び冷却海水の各直結ポンプを備えていた。
燃料油系統は、軽油がフィルターを経て、直結の燃料噴射ポンプにより各シリンダ内に噴射され、同ポンプに至る管系には電磁遮断弁が取り付けられていた。
潤滑油系統は、オイルパンの同油約11リットルが、冷却器を通ったあと、圧力調整弁付きのディストリビュータで、軸受油とピストン冷却油に分岐され、軸受油がプリーツ型ペーパーフィルタの2次こし器から、シリンダブロックと一体になったオイルチャンネルを経て、主ジャーナルとクランクピンを順に潤滑し、ピストン冷却油が油圧開閉の入口弁を経て、ピストン裏側にノズルで噴射されていた。
また冷却水系統は、冷却清水約20リットルを、透明プラスチック製エキスパンションタンクなどに保有する、密閉型の間接冷却方式で、シリンダブロック、過給機、排気管の各ジャケットをそれぞれ冷却したあと、温度調整弁から清水冷却器を通って冷却水ポンプヘ戻り、一方ドライブ装置から吸入された冷却海水が、潤滑油冷却器、空気冷却器、清水冷却器を順に冷却して排気管内に注入され、各ドライブ装置プロペラ上部水面付近の排気口より、排気とともに船外に排出されていた。
主機の運転は、セルモータ始動で、定格出力の全力運転が12時間運転中1時間とされ、巡航の際、回転数をそれより200ないし600下げるよう推奨されており、全力時のシリンダ内最高圧力が約160キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)、排気温度はシリンダ出口が摂氏600ないし700度、過給機出口が同420度で、取扱説明書などには、ディストリビュータの潤滑油圧を、4.2ないし5.0キロ、シリンダ出口の冷却水温度を摂氏80度ないし90度に、それぞれ維持するよう記載されていた。
コンプレッサは、電子制御の電磁クラッチを介してベルト駆動され、アイドリングの毎分約650回転以上、同2,500ないし3,000回転の範囲で作動するようになっており、主機は、コンプレッサの機械式過給と排気タービン過給併用のため、回転が下がると排気温度がやや高くなる傾向があった。油圧が異常低下したときの危急停止装置はなく、油圧が0.7キロ以下になると、警報装置が作動して操縦席のブザーが吹鳴され、これらは主機上部に備えられた、ターミナルボックスを経由し電気的に制御されていた。
主機の整備基準は、運転100時間毎にオイルパンの潤滑油を取り替え、同200時間で2次こし器のエレメントを取り替えるよう、取扱説明書に明記されており、同2,000時間で開放整備を行い、オイルパンの潤滑油は、前側の上から中に挿入している、検油棒で油量を確かめ、その挿入口から補給するようになっていた。
(3) 運航及び主機整備の状況
A受審人は、平成5年8月に海技免状取得後、購入したプレジャーボート2隻を静岡県下田市の下田ボートサービス株式会社のマリーナに、1隻を千葉県浦安市の財団法人千葉県都市公社の浦安マリーナにそれぞれ係留し、レジャーに使用していたところ、同8年3月本船を運転時間が20時間以内のほぼ新艇の状態で購入し、主機オイルパンの潤滑油などを取り替えて引き渡され、6月中旬以降浦安マリーナに係留した。
本船は、マリーナに出・帰港届を提出して運航され、両舷主機の2連になった、それぞれの操縦レバーを常時連結のうえ、毎分2,800ないし3,200回転、潤滑油圧力を5.5ないし6キロ、冷却水温度を摂氏約90度として運転され、速力27ないし30ノットで航行し、燃料消費量が1時間当たり約70リットルで、主に東京湾内での3ないし4時間の巡航のほか、同年7月から9月にかけては下田市に赴き、伊豆半島周辺でやや長期間の巡航を行った。
A受審人は、出港前に各主機海水こし器の点検と掃除、潤滑油量の点検と補給などを行い、倉庫と機関室には、主機のほかドライブ装置のチルト機構、トランサムハッチ開閉装置の各油圧ポンプや、生活設備に付属の各ポンプなど、機器が各種設置されていて、内部のスペースの余裕は少なかったが、点検するのが困難な状態ではなかった。
A受審人は、数回乗船したころ、操縦レバーを操作しても、他の艇のように直ぐ加速しないことから、主機に装備されているコンプレッサの駆動ベルトがスリップすることを知り、機器の整備を浦安マリーナ指定の整備業者、セントラル株式会社の浦安マリーナ店に依頼し、担当者に要領を教えてもらい、駆動ベルトを調節したこともあった。
また、同年7月に外国製バッテリーを日本製と取り替え、8月に主機の運転が約150時間に達したころ、加速が鈍くなったと感じ、主機潤滑油全量とベルト全部、航行中に曲損したプロペラを取り替えるなど整備し、10月中旬に東京湾内を巡航後、翌9年3月まで運航しなかった。
同月18日本船は、新たに自動操舵装置を装備し、同装置の油圧サーボポンプが右舷主機に取り付けられ、同月20日A受審人が乗船し、東京湾で横浜の八景島沖合まで5時間ほど試運転を行った。
(4) 事故発生の経緯
同年4月8日A受審人は、神奈川県県逗子市まで所用のため海路で行くこととし、同乗者1名を乗せ、同日11時35分浦安マリーナを出港し、13時ごろ油壼に寄港して昼食をとり、14時逗子マリーナに着き、所用をすませて15時35分同マリーナを出港したのち、16時10分神奈川県三崎港に寄港し、軽油約230リットルを補給してほぼ満タンとし、同時30分帰港の途についた。
ところで右舷主機は、5番シリンダ連接棒大端部のクランクピン軸受に、かき傷などがいつしか生じており、それが次第に進行していたが、A受審人は、油圧などに異常を認めなかったので、同軸受メタルが焼損するおそれのあることを、知る由もなく運転を続けていた。
こうして本船は、主機を毎分約3,000回転、油圧65キロ、冷却水温度摂氏85度に運転して航行中、右舷主機の前示軸受がついに焼損したが、油圧が維持されていたことから、運転を続けるうちに同軸受メタルが消失したり、クランクボルトが伸長されて、連接捧大端部が振れ回り、16時40分ごろ剱埼灯台から真方位095度2.5海里の地点において、同連接棒大端部がクランクケース左舷側に激突し、衝撃音とともに破口を生じ、潤滑油が両舷主機の間の床に飛び散った。
当時、天候は曇で風力1の南西風が吹き、海上は穏やかであった。
異常に気付いたA受審人は、直ちに主機を両舷とも停止し、機関室を点検するなど、事後の措置に当たった。

(原因に対する考察)
本件は、右舷主機が損傷したあと、運転中に火災を発生したもので、その間の経緯と措置について以下検討する。
1 軸受損傷に至るまでの経緯
実況見分調書写などによれば、各軸受はそれぞれにかき傷などはあるが特に甚だしいのが5番クランクピン軸受で、厚さ1.7ミリの薄肉軸受メタルがクランクピンに溶着し、連接棒がクランクケースを突き破った脚出し状態であった。運転状況から剱埼沖までば潤滑油量などに減少がなく、補機の状態などを見ても潤滑油や冷却水は、正常ではないが最後まで回っていたと、思われる。
軸受損傷の範囲が比較的限られていたことから、本件は5番クランクピン軸受に異物をかみ込んだか、潤滑阻害によるかき傷や肌荒れを生じ、それが次第にに進行拡大する経過を経た結果と判断されるので、その要因について検討する。
2 かき傷などの要因
かき傷には、潤滑油中のごみのかみ込みなどによる、ピンまたはメタル表面の傷があり、それには運転中2次こし器をバイパスした異物、またば油取り替えなどの際、系統内に混入した異物が考えられる。
2次こし器の詰まりによる異物バイパスについては、ディストリビュータば油圧が、設定圧以上に上昇しない機構であり、こし器には特に汚れがなく、他の各軸受がほぼ潤滑されていたことから、同こし器は正常に機能していたと判断され、異物をバイパスしてかみ込んだ可能性は少ないと思われる。
系統内の混入異物については、油取り替えの際に旧油の残油があり、内部掃除が困難なクランクケースの構造を考慮すれば、その可能性は否定できない要因である。
またメタルのしま模様やワークショップマニュアル写中の記載を勘案すれば、購入以前の係留中の肌荒れ、または購入後の取り扱いに問題があった可能性もある。
ただし、これらの要因については、いずれもその疑いはあるものの、整備担当者の供述などから、整備のときはそれなりに注意が払われていたことが察せられ、係留中などの要因についてもその時期を措定するに足る証拠がなく、その原因を特定することができない。

(原因)
本件機関損傷は、主機クランクピン軸受が、いつしか生じていたかき傷などの進行により、焼損したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。






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