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1998年(平成10年)

平成9年那審第47号
    件名
漁船誠寿丸火災事件

    事件区分
火災事件
    言渡年月日
平成10年4月16日

    審判庁区分
地方海難審判庁
門司地方海難審判庁那覇支部

井上卓、東晴二、長浜義昭
    理事官
河本和夫

    受審人
A 職名:誠寿丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
船体沈没

    原因
電気設備(ビニルコード)の点検不十分

    主文
本件火災は、機関室照明用電路の点検が十分でなかったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年7月28日16時25分
沖縄島西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 漁船誠寿丸
総トン数 8.65トン
登録長 10.65メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 47キロワット
3 事実の経過
誠寿丸は、昭和50年11月に進水したまぐろ延縄(はえなわ)漁業に従事するFRP製漁船で、船体中央部に二層の操舵室、操舵室の下方に機関室、機関室後方に船員室を設け、機関室囲壁と両舷側間の上甲板及び船員室囲壁と右舷側間の上甲板を通路、同室囲壁と左舷側間の上甲板を縄置場とし、機関室への出入口として、下層の操舵室後部中央付近の床面に蓋(ふた)をかぶせたハッチ口と、船員室前壁中央付近に開き戸をそれぞれ備え、持運び式消火器3本を船員室の機関室入口の開き戸付近に備え付けていた。
機関室は、船首尾方長さ約3.0メートル船横方長さ約2.7メートルで、機関室の両舷側にA重油タンク、中央に主機、主機前方に主機により駆動する主機冷却海水ポンプ、甲板送水用海水ポンプ、ラインホーラ用油圧ポンプ、蓄電池充電用発電機等、主機後方に逆転減速機をそれぞれ備え、主機と両A重油タンクの間が船横方向に約60センチメートル(以下「センチ」という。)で、その底部に歩板を敷き、歩板からA重油タンク頂面までの高さが約1.2メートル、同タンクの機関室内側壁上端から上方約30センチが機関室囲壁となっていて、右舷側の同囲壁に丸窓が設けられていた。
主機の燃料油系統は、主機直結の燃料油ブースタポンプにより、両舷のA重油タンク下部に取り付けた燃料油取出し弁から燃料油こし器を経て吸引したA重油が、燃料油噴射ポンプに送油され、同噴射ポンプによって各シリンダ内に噴射するようになっており、同取出し弁から同ブースタポンプ間の配管には主として銅管を使用していたが、主機左舷側付近の、同こし器から同ブースタポンプ間の配管の一部には振動による配管の亀裂(きれつ)破損防止のため、ビニル管を使用していた。
ところで、機関室内の照明は、船首側の電磁クラッチ付近上方の天井及び船尾側の逆転減速機付近上方の天井にそれぞれ24ボルト60ワットの白熱電球を装着した照明器具を1個取り付け、そのほかコード付き移動灯を備えていた。同照明の電路は、本来機関室の電路として使わない、耐熱、耐油性の小さい、平形2心の器具用ビニルコード(以下「ビニルコード」という。)を使用して昭和61年4月以前に配線されたもので、下層の操舵室に設置した蓄電池から機関室囲壁の左舷側内壁中央部まで配線し、同壁下部に沿って取り付けた幅約5センチ厚さ約0.5センチの木製板にステープルで固定し、同板の後部の幅約15センチ長さ約30センチ厚さ約0.5センチの木製板上に一列に取り付けた船首側照明用タンブラスイッチ、移動灯用コンセント、船尾側照明用タンブラスイッチに接続し、それぞれのタンブラスイッチから照明器具に配線していたが、船首側照明用タンブラスイッチを出て天井の同照明器具方に立ち上がる同コードと移動灯用コンセント及び船尾側照明用タンブラスイッチに入る同コードとが交差していた。
A受審人は、同61年4月中古の本船を購入し、船長として乗り組み、機関の運転整備も行い、沖縄県糸満漁港を基地として同島周辺の漁場で、1航海を約7日間とし、水揚げ後約3日休業するようにして周年操業を行い、漁場では、毎朝主機始動時に機関室内船首側照明用タンブラスイッチを入れて船首側照明を点灯し、日没ごろ同室船尾側照明用タンブラスイッチを入れて船尾側照明を点灯し、夜間揚縄を終え、潮昇りして主機を停止したのち、船首及び船尾側の同スイッチを切って消灯するようにしていたところ、同63年ごろ機関室照明用の両タンブラスイッチが作動不良となったので2個共、許容電流10アンペア露出型片切りタンブラスイッチで、合成樹脂製のものに新替えしたが、配線の新替えは行わなかった。
その後、機関室照明用電路は、整備等が行われることなく使用されるうちに配線を固定した木製板及び灰色の配線が機関室内の気化した油分の付着により茶色く変色し、高い室内温度、油分等によりビニル被覆が劣化し、更に進行して同被覆に細かい亀裂が生じ、剥離(はくり)して心線が露出しやすい状況になったが、A受審人が平素、同電路の点検を行ったことがなかったので、電路の異状が気付かれないままとなった。
平成9年7月28日12時ごろ、A受審人は、操業の目的で糸満漁港に係留中の本船に赴き、機関室に入り、船首側照明用タンブラスイッチを入れて船首側照明を点灯したが、いつものように点灯できたので大丈夫と思い、機関室照明用電路の点検を行うことなく、機関室を出て上層の操舵室に行き、主機操作盤で主機を始動した。
こうして本船は、A受審人1人が乗り組み、船首1.0メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、同日12時10分糸満漁港を発し、同港北東方約65海里沖合の漁場に向け、主機を毎分回転数950とし、6.5ノットの速力で進行し、14時端島灯台から040度(真方位、以下同じ。)1海里の地点で、下層の操舵室床面のハッチ口を開けて機関室内を覗(のぞ)いてビルジの量等に異状がないことを確認し、再び同口を閉め、上層の操舵室に戻り針路を210度に定め、同速力で続航していたところ、16時25分少し前、機関室船首側照明用タンブラスイッチ付近の電路で、船体及び機関の振動によりビニル被覆が剥離して露出した心線が短絡し、同16時25分粟国島灯台から169度8.6海里ばかりの地点において、発熱した同電路のビニル被覆に着火して一気に同被覆が燃え上がり、配線固定用の木製板に燃え移った。
当時、天候は晴で風力1の南西風が吹き、海上は穏やかであった。
操船中のA受審人は、開放していた機関室右舷側の丸窓から黒煙が出ていることに気付き、下層の操舵室に降りて床面のハッチ口を開けて覗いたところ、機関室照明が消え、約1メートル前方の左舷側機関室囲壁に付けられた、同室照明用タンブラスイッチ付近から炎が上がっていることを認めたが、同口を開けたことにより急激に火勢が強くなったことに気付き、慌てて無線機で僚船の救援を求めているうちに、同口から噴き出す黒煙が甚だしくなり、主機にも燃え広がり、燃料油管のビニル管が溶解して燃料油の送油が止まり、燃料切れとなって主機が自停し、同人は、消火を試みることもできないまま、船首甲板に退避し、16時35分ごろ来援した僚船に乗り移った。
本船は、後刻到着した巡視船によって消火作業が行われたが、同日19時20分ごろ沈没した。

(原因に対する考察)
本件火災は、機関室を無人として航海中、操船中のA受審人が機関室右舷側の丸窓から黒煙が噴き出していることに気付き、機関室のハッチ口を開けて、照明用電路のタンブラスイッチ付近から火が出ていることを発見したものであるが、以下火災発生の原因について考察する。
1 照明用電路周辺の可燃物
同電路は、木製板の上に合成樹脂製のタンブラスイッチ、同製のコンセント、ビニルコードが固定されていたもので、いずれも可燃物であった。
同電路の下方に約1.5キロリットル入りのA重油タンク、船体中央線方に約60センチ離して主機があったが、同タンクから上方に燃料油が噴き上げる可能性はなく、A受審人の当廷における、「火災に気付いてハッチ口を開けて機関室内を見たときには、主機には異状がなかった。」旨の供述から、主機の燃料噴射管に亀裂が生じるなどして燃料油が同スイッチ付近に向けて噴き出し、それに着火したとは考えられない。
また、同受審人の当廷における、「当時機関室に洗濯物は干していなかった。」旨の供述及び主機の排気集合管や煙突等の高温部は同電路から離れていることなどから、発火した場所の可燃物は電路以外に考えられない。
2 タンブラスイッチからの発火
タンブラスイッチは、新替え後約11年使用されていたことから、接点の接触面が摩耗したり、電線の締付け部のねじが緩むなどして電路抵抗が増し、発熱して合成樹脂が炭化するなどして絶縁が低下することも考えられるが、電路抵抗が増す状況になれば照明の照度が変化したり、点灯しなくなるなどの現象が現れると思料される。
ところが、A受審人に対する質問調書中、「日ごろの機関室の点灯、消灯時にタンブラスイッチの作動に異状は全く感じることがなく、点灯中の状況等にも異状がなく使用していた。」旨の供述記載及び当廷における同旨の供述から、同スイッチが発熱して発火した可能性は極めて低い。
3 コンセントからの発火
コンセントは移動灯を点灯するときに使用されていたが、A受審人の当廷における、「移動灯は普段使うことがなく整備するときなどに使用し、本件当時もプラグをコンセントから抜いていた。」の供述から、コンセントから発火したとは考えられない。
4 ビニルコードからの発火
使用されていた平形2心のビニルコードは、被覆の厚さが約0.8ミリメートルでシースがなく、機関室のように室内温度が高く、油分が付着しやすい場所で使用すると、被覆が劣化しやすく、長期間使用されるうちに被覆に細かい亀裂が生じ、被覆が剥離して心線が露出しやすくなる。
更に船首側照明用タンブラスイッチから天井の同照明器具に向かう同コードと蓄電池から移動灯用コンセント及び船尾側照明用タンブラスイッチに入る同コードとが交差して配線されていたことから、重なった部分の被覆の温度が他の部分の温度に比べて高くなり、被覆の劣化は早くなる。
以上を勘案し、火災発生の原因については、電路が長期間使用されるうち、ビニルコードの被覆の劣化が進行し、同被覆に細かい亀裂が生じ、被覆が剥離して露出した心線が短絡し、電路が発熱して被覆に着火し、電路の木製板等に燃え広がったとするのが妥当であり、A受審人が機関室照明を点灯したときなどに、電路を点検すれば直ちに異状が発見できたものと認める。

(原因)
本件火災は、機関の運転管理を行う際、機関室照明用電路の点検が不十分で、機関室内に配線された同電路のビニルコードが、長期間使用されるうちに、ビニル被覆に細かい亀裂が生じて同被覆が剥離し、心線が露出して短絡したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
A受審人は、機関の運転管理を行う場合、機関室内に配線された同室照明用電路が、長期間使用されていたことにより、ビニル被覆の劣化が進み、同被覆が剥離するなどして心線が露出し、短絡することのないよう、機関室照明を点灯したときなどに、同電路の点検を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、いつものように点灯できたので大丈夫と思い、同電路の点険を行わなかった職務上の過失により、機関室を無人として操舵室で操船中、ビニル被覆が剥離して心線の露出した電路が短絡し、電路が発熱して同被覆に着火し、配線固定用の木製板に燃え移り、機関室から船全体に燃え広がって、消火できないまま、沈没させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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